2002WC騒動・国内編2


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2003年
「現代コリア」(1・2月号) 西村幸祐

「日本代表でプレーするのはこのW杯が最後だと、中田英寿が周囲に伝えた。決意は固い。国の名誉という鎧を着せられた国対抗の代表戦は、チームのために働くことが優先される。プレーを楽しむことより勝負に執着するサッカーを終わりにし、自分を表現する場を探したい。振る舞いには、最後にかける覚悟がにじむ」(六月五日朝日新聞東京本社十四版)
 この記事は署名原稿であり面識のある記者が書いたものだが、私は呆然としてしまった。サッカーを知悉した人間が書いたものとはとても信じられなかったからだ。主旨は代表戦は国の名誉をかけて戦う、しかし中田はそういう試合より楽しい試合をしたいので、もうこれで最後だというものだ。サッカーを全く知らない読者には説得力(?)があったかも知れない論理だ。ところが、少しでもサッカーを知っていれば、中田が所属するイタリアリーグ、セリエAは徹底した守備重視の戦術を採り、個人の自由など、よほどトルシエ日本の戦術の方にあったと言うことも可能だ。特に中田が所属するパルマの戦術は極めて「勝負に執着するサッカー」であり、「プレーを楽しむサッカー」とは懸け離れたものだ。
 しかし、問題なのはこの記事が代表の戦意に水を差すもの、と当時サポーターから総スカンを喰った事以上に、「国の名誉という鎧を着せられた」試合は「チームのために働くことが優先され」た「プレーを楽し」む事ができない試合であり、「自分を表現する場」ではないと中田が言ったと朝日新聞が事実を捏造したことだ。
「正直言って、社内でも色々な見方をする人がいました。少なくとも私は、あの記事のようには思わなかった」と、ある記者は打ち明けてくれたが、朝日新聞が「国の名誉」を悪と規定し、その「ために働くことが優先され」る試合は「自分を表現する場」ではないと中田に言わせたかったというのは事実である。多数の抗議が朝日新聞に寄せられ、中田英寿本人も記者会見で「事実無根」と抗議したが、朝日新聞はそれらの声を黙殺した。
 朝日新聞はその一カ月後の八月二日にW杯報道を振り返る編集委員とスポーツ部長による座談会を掲載したが、中田引退記事≠ノ関しては自画自賛するばかりで、W杯を通してメディアへの不信感が一気に高まったサッカーファンをさらに挑発してしまった。
 しかも、この話は落ちが付く。トルシエ退任後日本代表監督に就任したジーコ監督から十月七日に中田が代表メンバーに招集されることが発表されると、翌八日、朝日新聞は山田雄一東京スポーツ部長の異例の「お詫び」記事を掲載した。しかし、その内容は通常の謝罪訂正記事ではなく、文章の主語が不明確な韜晦とも言える内容だった。それでも必死に理解に努めると、あくまでも朝日の報道が正しかったという主張だった。そもそも六月五日に記事を掲載し、直ちに中田本人が「その記事がいったいどこから出たのかわからない。憶測で書くのも多い。今回このW杯期間中に選手、スタッフそしてファンの人達と一生懸命やっているのに残念です」と発言したにも拘わらず、四カ月経ってからの「お詫び」では全く意味がなかった。しかも、朝日新聞は念を入れて十月二十日には二十八面のシンポジウムで今度は秋山編集局長が「お詫び」記事までを擁護した。
 結局、朝日新聞は捏造された事実をベースに「国の名誉という鎧を着せられた国対抗の代表戦は」楽しくないサッカーであり、「自分を表現する場」ではないというメッセージを伝えるために、試合翌日の第一面で報道を装ったプロパガンダを行ったということなのだ。
 中田引退報道で多くの抗議がメールや投書で寄せられたと朝日新聞は書いている。だが、それは、W杯の一カ月を通して多くの読者がメディアを読み解く力を蓄え、日本に於けるメディアリテラシーの新しい波が急速に広まった結果に他ならない。W杯報道が契機となり、<受け手>の新しい論理と手法が誕生したことを美事に物語っている。朝日新聞の二カ月に及ぶ「お詫び」の姿勢が何よりもその証左となっているのは、何というアイロニーであろうか。テレビ視聴者数がオリンピックを遥かに上回る延べ四百億人というデータが示すように、スポーツイベントの頂点であるW杯はそれだけ膨大な情報を発信する。サッカーファンにとっては四年に一度のW杯だからこそ、情報の質が大きな意味を持っていた。にも拘わらず、情報の質を劣化させた朝日新聞を頂点とする様々なメディアが、サッカーファン=読者=<受け手>の信頼を一気に失ってしまったのだ。その最も大きな原因は、情報の<送り手>であるメディアと<受け手>である視聴者、読者が、従来の情報の流れと異なった関係を築きつつあったからだ。つまり、<送り手>による川上から川下への一方的な<受け手>へ の情報の垂れ流しではなく、<受け手>も<送り手>同じサイドに立つことができたからだった。
 これは革命的な出来事だった。試合の観戦者がインターネットをツールにしてパーソナルメディアとして<送り手>に変換を遂げたのだ。<受け手>であると同時に<送り手>である存在。従来の<受け手>が情報を発信し、さらにその情報が反響し、増幅され、一般メディアの情報と異なった情報を多くのサッカーファンが共有できるようになり、さらにメーリングリストの普及やBBSと呼ばれる掲示板が多くのアクセスを集め、W杯の1カ月で情報の共有化がサッカーファンの間で加速度的に進行していった。「2ちゃんねる」やYAHOO掲示板、サッカーサイトの様々な掲示板にアクセスすることで、彼らは世代を越えて<受け手>=<送り手>の位相でメディアとして機能することが可能となり、一般メディアの情報をネット上で比較しながら評価、検証することが可能になった。それが従来のメディアを比較しながら読み解く力となったのだ。
 前述した抗議サイトを作ったTNにこのようなメールが届いていた。
「2ちゃんねるでこのHPを知りました。50代のおじさんです。韓国に特別の縁も感情もないというのが正直な気持ち。(略)今回のW杯には色々怪し気な気配があると感じています。(略)最初に気が付いたのは、あたかも一緒に盛り上がっているかのような報道からでした。それは絶対ウソだ。私のまわりで共催を喜んでいる同世代はひとりもいませんよ。(略)問題は歪んだ情報で我々を洗脳しようとしたマスコミです。」
(中略)
 日本がトルコに敗退した瞬間、韓国対イタリア戦のスタジアムに詰めかけていた韓国サポーターは歓喜の声をあげていたが、この事実を報じるメディアは皆無だった。W杯で素朴なナショナリズムに目覚めた多くのサッカーファンにとって、韓国が日本海の名称を東海に変えようする動きや、不法占拠している日本領土の竹島を国立公園に制定するという発表も、日韓の距離をさらに遠ざける要因となった。また、日朝平壌宣言を巡る報道から北朝鮮の拉致事件と核開発が明らかになり、特に拉致事件を隠蔽してきたメディアの存在により、メディア自体が疑惑の眼を向けられる対象にしかならなくなったのだ。 これは、W杯報道から北朝鮮報道までの半年の過程で、メディアをどう読むか、どう峻別するか、どう対峙するかという意識を<受け手>が持つ事によって、日本人にメディアリテラシーの手法が定着してきたという事だ。W杯と北朝鮮問題は、多くの日本人の心に訴え掛ける力があった素材だったからこそ、それを伝えるメディアの力量が<受け手>にとって切実に問われ出した。W杯と北朝鮮問題は、素朴なナショナリズムという同質性を核として、メディアそのものを両方向から鋭 く刺した刃になったのだ。
(中略)
 結局、W杯で「韓国を応援しよう」とメディアが叫べば叫ぶほど<受け手>がそうでなくなったように、北朝鮮問題で「在日の人への理解を深めよう」と言えば言うほど、<受け手>はそのメッセージに反感を抱くことになった。理由は単純で情報の内容が精査されていないからなのだ。誤った歴史認識が報道のベースにあるので信憑性が疑われ、仮に<送り手>が意識していなかったとしても、結果的にプロパガンダになってしまう。
 二〇〇二年の終戦記念日、靖国神社に集団参拝する若者たちの姿があった。その数は百七十人を越えていた。「前日は何人来るか不安だったけれど本当に嬉しかった」と振り返るのは「2ちゃんねる」で靖国参拝のスレッドを見つけ、そこで積極的に呼びかけを行った二十四歳の女性、ボアマロだ。彼女たちは誰の力も借りずに議員会館へ赴き賛同してくれる政治家に趣旨を説明した。集団参拝の申し込みも彼女たちだけで行った。これもW杯の韓国応援イベントでドイツを応援し、テレビ局のイベントに先回りして海岸でゴミを拾った<受け手>たちの新しい発想の流れを汲んだものだ。「二〇〇一年の韓国の靖国参拝非難と教科書批判を見て何かをしなければと思っていた」と彼女は動機を明かしてくれたが、ネット上の意見交換はすでに<送り手>の想像できない次元で、<受け手>がメディアの情報を吟味しながらメディアが振り撒く守旧的イデオロギーから自由になった行動を生んでいる。メディアが情報を精査、検証せず、手垢にまみれた固定観念に囚われ、時代遅れの反日イデオロギーから自由になれなければ、「ニュースステーション」の久米宏や「ニュース23」の筑紫哲也の ように、<受け手>の嘲笑の対象にしかならない現実がもうここにあるのだ。
7月12日
【週刊朝日7/12号 「編集部発」】 本誌・加藤 明
 W杯で気になった現象があります。日本が結晶T1回戦で敗退し、韓国が4強進出を決めて以降、こんな匿名メールが編集部に来るようになりました。
「韓国戦で誤審が多いのは意図的と思われてもしょうがないのに、日本のマスコミはそれをきちんと報道していない」「韓国のサポーターは日本の敗戦を大喜びしていた。共催国として許せない。「韓国戦以外、スタジアムはガラガラ。なぜ日本のマスコミはこの事実を伝えないのか」
 韓国の熱狂と大活躍をたたえる報道が日を追うごとに増えたせいか、インターネットでは、もっと下品な表現で偏見に満ちた「韓国を妬む」言葉が飛び交っていたようです。先週、紹介した大学時代の在日韓国人の友人も「日本人のオモシロクナイという感情を肌身で感じる」と話していました。
 W杯は人々のナショナリズムに火をつけると言われます。政治・経済の閉塞的状況下、日本人の「苛立ち」が、こんな歪(いびつ)な形で噴出しているとしたら、あまりに貧相な感じがします。
なぜ突然、何の脈絡もなく日本の不況と韓国批判が繋がるのでしょうか。週刊朝日編集部の偏向姿勢がこんな歪な形で噴出しているとしたら、あまりにも貧相な感じがします。
7月10日
『テレビジョン』より一部抜粋
W杯関連報道で最も視聴者の不信感をあおったのが「誤審」に関する各局の姿勢。特に韓国戦で、誤審とわかる映像をあえてカットして放送している印象を与えたのだ。「サッカーで審判への疑惑は恒例。韓国誤審疑惑という一部の要素だけ取り上げるのはフェアじゃない」(日本テレビ編成部・沢桂一氏)という意見はわかる。だが、一方で「ほかの試合は誤審場面も放送できたのに、韓国戦は控えるよう指示された」と明かす某局スポーツ担当者もいる。そこに友好ムードが高まっている日韓関係への配慮があったのは推測できる。だか、事実を隠す報道から真の友好は決して芽生えない。いずれにせよ、各局の報道姿勢が、韓国の誤審疑惑を助長してしまったのは間違いないだろう?
【「進化」の幻想】 後藤健生 『サッカーマガジン』より一部抜粋
「スペインは2回もゴールネットを揺らしたものの、審判の驚くべき ミスで2回ともゴールは認められなかった。だたそれだけの試合だった。」
今回の韓国は、「結局、精神力と体力のみ」「アジアのチームがヨーロッパ相手に闘う時のお決まりパターン」「監督の好采配とミスジャッジのみで勝ち上がった。」
「このサッカーでは、4年後のドイツ大会で通用しない」「日本が目指すべき道ではない」「日本は、ドイツ大会までに正攻法でテクニックや戦術を磨くべきである」
「おめでとう。韓国。鄭夢準会長も、あれだけお金を使ったんだから、お望み通り大統領になれるといいですね!」
7月8日
 アイルランド代表が出雲でキャンプをしてる時のこと。
 代表チームが宿泊していたのは、「出雲ロイヤルホテル」。そこの大広間で、退屈しのぎに、ロビーキ−ンたちがサッカーボールで遊んでいた。ロビーキ−ンが上に蹴り上げたボールが、シャンデリアのまん真中を直撃してしまい、中央部分が割れてしまった。キ−ンらは、すぐにホテルの支配人を呼んであやまった。
 弁償する、というキ−ンらの申し出に対し、ホテルの岸支配人は、弁償なんかいいから、割れた部分にサインしてくれ、それで一件落着にする、と言った。 ロビーキ−ンはそのため、割れたガラスのスペースを見つけて「Sorry。 ロビーキ−ン」と署名した。
 出雲ロイヤルホテルでは、割れた部分をつないで復元したうえに、さらに透明のガラスで覆ってまた5日程前から、ロビーキ−ンサイン入りのシャンデリアを飾っている。ホテルに行けば、そのシャンデリアが見られる。
 岸支配人。日本人のやさしさを身につけた人だ。(ソース不明)
7月5日
【週刊朝日7/5号 編集部発】 本誌・加藤明
 韓国、凄い。凄い。スペインをPK戦の末に破り、アジア勢では初めてW杯ベスト4に進出しました。
 さっそく大阪に住む大学時代の在日韓国人の友人に電話してみました。「スペインのシャンパンを買って来て、いま妻と祝杯を上げてるところ」と歓喜していました。韓国選手の勝負への執念はもの凄いね、と聞くと、「サッカーは国技だし、サッカーだけは日本に負けないぞ、ってずっと前からやってきたし、日本では失われたハングリー精神があるからね」
(中略)
 なんてったって凄いのは、韓国サポーターの熱狂ぶりだ。試合当日、全国で焼く420万もの人々が街頭に出て応援といった例は過去になく、「80年代後半の民主化闘争のときだって、全国で街頭デモに参加したのは最高でも300万人台。負けたら、暴動が起きるのではと心配だよ」。
 話していると共催国とはいえ、国民のサッカーに懸ける歴史的、民族的熱い思いが、日韓では差があったような感じがしました。
だから国技って何だよ。すみませんが私と貴方との間にも、サッカーに対する思いに差があるようです。
7月4日
週刊新潮 ワイド 続・好事魔ばかり
 [6]もうキムチは食べない「飯島愛」韓国批判の辛い後日談』57-58ページ
 (前略)そんなモヤモヤした雰囲気を代弁したのが、飯島の仰天発言だった。
 飯島はテレビの生放送で、「韓国は審判を買収している」と決めつけ、さらに、「もう私はキムチを食べない!」と宣言したのだ。
 ネット上では飯島発言を絶賛する書き込みが相次ぎ、飯島株が急上昇。 番組を放送したTBSも「飯島さんの発言について百数十通のメールが寄せられましたが、よくぞ言ってくれたという内容がほとんどで、批判は数%。 この件で何か謝罪する必要があるとは思えませんし、飯島さんが番組を降板するということもありません」(広報部)という立場。 ただただ、“日韓友好促進”と叫ぶ多くのマスコミの偽善ぶりが、今さらながら浮かび上がるのだ。 (以下略)
週刊新潮 7月4日号 誰も大声で言えなかった「韓国も負けろ」
(前略)朝日が「残るのは日韓の確かなきずなでしょう。たくさんの人が韓国チームに声援を送っています」と社説で書いたのをはじめ、どのメディアを見渡しても、偽善としかいいようのない友好ごっこのオンパレードだ。
 大手紙のソウル特派員がいう。
「こちらでも日本が韓国を応援する映像が時々流れますが、韓国人は驚くというか戸惑う感じですね。というのは日韓共催といいますが、こちらの感覚では韓日”競催”。ベルギー戦では公然とベルギーを応援していたし、日本がトルコに負けるとソウルで紙吹雪が舞ったほど。日本の”一緒にがんばろう”という報道を見ると、ちょっと気持ち悪いと私も思います」(後略)
何ていうか、7月4日号の週刊新潮は「弾けた」と言っていいくらいの朝日批判に徹してますね。いや、嬉しいんですが。つーかもっとガンガンやれってなカンジで。
P54-57でも朝日新聞の卑劣なやり方を紹介し、P158では朝日新聞を自虐新聞呼ばわりし、朝日の韓国最高報道に、真っ向から切り込んでいます。朝日に対して「あんたホントに日本の新聞社なの?」と言い切った週刊新潮は偉い!
7月3日
今日、新しいFIFAランキングが発表された。「諸外国の記事」の方に記載。
【W杯:審判のミスと恐怖】スポーツスペース 文責不明
 ブラジルに与えられた存在しないPKから、トッティの退場まで、審判の判定を全て振り返ってみよう。今大会最高の審判としてはコッリーナ氏を賞を贈る。
 幕を閉じたばかりの新世紀最初のW杯は、審判の酷いミスに多くの参加国の抗議が浴びせられた大会でもあった。時には試合結果に決定的な影響をもたらす判定もあった。
 最もミスに泣かされたチームはイタリアとスペインであり、逆に判定の恩恵を受けたのはドイツ、ブラジル、開催国の日本、そして何より韓国だった。歴史的な4位入賞を果たしたその韓国こそが、イタリアとスペインによる激しい抗議の相手であった。
 クロアチア戦(正当なゴール2点がデンマーク人副審ラーセンの判定により取り消された)、メキシコ戦(またしてもインザーギとモンテッラの2ゴールが不当に取り消された)でも被害を受けていたイタリアは、ベスト16の韓国戦ではエクアドル人のバイロン・モレノ主審のあらゆる誤審に泣かされた。
 トンマージの正当なゴールを(アルゼンチン人副審ラッタリーノの旗によって)取り消し、存在しなかったシミュレーションによる2枚目の警告でトッティを退場にしたのだ。準々決勝での被害者となったのはスペイン(ベスト16のアイルランド戦ではフリスク主審にPKを取られる誤審もあった)で、混戦の中から決めた正当なゴールをファールの誤審でエジプト人主審ガンドゥールに取り消され、さらにトリニダード・トバゴ人のラグーナス副審の誤審によって準決勝進出の夢を断たれてしまった。
 モリエンテスがゴールに押し込んだクロスに対して旗を上げたのだが、ボールはゴールラインを割ってはいなかった。
 今大会の決勝に進出した2チームは誤審が有利に働くという幸運を手にすることができた。ブラジルはトルコ戦(2-1)で韓国人のキム主審(モレノ氏と並んで最悪の主審だった)に助けられた。ルイゾンに対するエリア外でのファールでPKを貰った上、エルサルバドル人のフェルナンデス副審の目の前で顔にボールを受けた演技をしたリヴァウドのシミュレーションまで見逃されたのだ。
 しかし、ロナウドと仲間たちに最大のプレゼントをしたのはジャマイカ人のプレンダーガスト主審だ。彼はベスト16のベルギー戦、まだ0-0だった時に、ヴィルモッツのどう見ても正当なゴールをなぜか取り消してしまった。ブラジルは逆に準々決勝のイングランド戦(2-1)ではメキシコ人のラモン・リソ主審に被害を受けた。ロナウジーニョがミルズに対する悪質なファールで退場となったのだが、あまりにも性急な判定だった。
 フェラーのチームはまずはW杯でのイエローカード数最多試合(カメルーン戦、スペイン人のロペス・ニエト主審は16枚のイエローと2枚のレッドを両チームに同数ずつ提示)を演じたが、その後はパラグアイ戦(ベスト16)でもアメリカ戦(準々決勝)でも誤審の恩恵を受ける運命にあった。
 パラグアイ戦ではグアテマラ人のバトレス主審がPKに値するバラックのファールを見逃し、アメリカ戦ではスコットランドのダラス主審が、バーハルターのヘディングをゴールライン上で止めたフリンクスのハンドに気付かなかった。
 スロヴァキアのミチェル主審やポルトガルのメロ・ペレイラ主審も大きなミスを犯した。ミチェル氏は南アフリカ対パラグアイ戦の90分に存在しないPKを南アフリカに与え、メロ・ペレイラ氏はメキシコ対アメリカ戦でアメリカのオブライエンがエリア内で犯したバレーボールのようなハンドを見ていなかったのだ。その時のスコアは0-0で、最終的にはアメリカが2-0で勝利を収めた。
 エクアドル、グアテマラ、トリニダード・トバゴ。何でもありだった今大会の、最悪の主審・副審の出身地の一部である。責任は彼らだけではなく、むしろ彼らをそこに起用した者にある。そうでしょう、ブラッターさん? FIFA会長が再選のために行った票の売買の政治的やり取りが大会全体に悪影響を及ぼし、W杯のような大舞台での精神的プレッシャーに慣れておらず、その対処法を知らない審判たちの手に試合を委ねてしまったのだ。
 日曜日ごとに審判の判定に文句をつけるイタリア人たちが、せめてここから何かを学んでくれれば良いのだが。
 コッリーナ氏は今大会で最高の主審であり、バイロン・モレノ氏のような主審は運が悪ければ一生のうち一度見ることができるかどうかといった程度なのだ。
7月2日
フェアプレー賞が決まった。1位ベルギー、2位スウェーデン、3位日本でそのまま終了。上位3ヶ国が全てベスト16どまりということを考えると、アンフェアでないと勝ち上がれない証拠か?でも決勝に残ったブラジルとドイツは中の上ってところだね(ブラジルは怪しいもんだが)。
清水圭HPのコラムから
 さて、私のコラムが少し反響を呼んでいるようでびっくりしています。
 サッカーを心から愛する者として、まず今回の審判のヘタクソさにあきれました。またサッカーファンが見たら誰でも解るように、韓国戦では韓国に有利なジャッジメントが多く見受けられました。
 私とすれば、これがもし日本代表の試合で日本に有利なジャッジメントが多くても同じように疑問を感じます。憤りも感じるでしょう。信じたくもないですが、ワールドクラスの審判達があのようなミスを起こす事に対して「ひょっとして買収?」という疑念が湧いて来たのも事実です。
 私には韓国人の友人もいっぱいいるし、みんなイイやつばかりです。韓国に対して偏見も何もありません。アメリカも韓国もイタリアもその他の国々も私の中ではみんな同じ。ただ今回の私の意見が本意ではない「政治的な思惑」や「マスコミに対する反抗」としてとらえられたり、利用されそうになったことを本当に残念におもいます。かなり私なりに悩んだ結果、以上の理由からコメントの変更、削除にいたりました。
 このことに関して「いくじなし」とか「根性なし」とかのメールもたくさんいただきましたが、そう思われても仕方ないと思います。ただこのようなアドバイスを越えた、いわゆる誹謗、中傷のメールを書いてこられる際に、自分の素性も明かさずにいることは少々卑怯に感じますがいかがでしょうか。 そしてこの件に関しましてはまことに勝手ながら、今後いかなる質問もお返事することはありません。ご了承ください。これからも清水 圭は日本で、そして芸能界でタレントとして、一人の男として正々堂々とまっすぐ生きて行きたいと思います。まだまだ未熟ですが応援よろしくお願いします。
PS:素敵な応援のコメントもたくさんいただきました。感謝します。ありがとう。
言論封殺でもあったのか、次第に弱気になっていく圭タソ…(つД`)
7月2日朝日新聞朝刊スポーツ面18面 記者座談会より一部抜粋
(前略)
中小路 もし日本のファンが「韓国の躍進は誤審のおかげだ」とか「裏で買収していたに違いない」と考えたら、サッカーそのものを見ていないことになると思う。イタイア戦スペイン戦と「誤審」が韓国に有利に働いたのは事実だが4位に値する試合をしていたのは事実。むしろ、そう思われてしまう韓国の方が被害者だ。
潮  誤審が韓国の試合に偏っていたと言う読者からの指摘がいっぱいあった。朝日新聞はちゃんと書いていないと。しかし意図的な何かがあったと決め付けるのは危険だ。欧州や南米には、サッカー先進国としての偏見があったのではないか。
(後略)
いや、サッカーそのものを凝視していたがゆえの疑問なんですけどね。韓国が4位に値する試合をしていたと決め付けるのは危険です。
「東京スポーツ」2002年7月2日
クラウディオ・ビッラ(イタリア代表公式カメラマン)の2002ワールドカップ総括
 日韓共催は、はっきり言えば失敗だった。私は両国で仕事をしたが多くの点で違いを感じた。たとえば競技場近くの表示一つとっても、日本は整然としているが、韓国は大雑把。(中略)
日韓両国は「友好を深めアピールした」といっているが、統一感のない共催は、むしろ2ヶ国間の温度差を伝えるだけに終わった気がする。
 最も残念だったのは審判問題だ。その点で、間違いなく今回、W杯の価値は下がった。その審判問題に開催国である韓国の試合が多く関係していたのは残念な事だ。欧州各国が持つ韓国のイメージは確実に悪くなった。プレー内容も、一般的なほめ言葉である「スペクタクル」さに欠ける。欧州のクラブは韓国選手を欲しがらないだろう。(中略)
 私個人としては日本の単独共催の方が良かったと思う。いずれにしろ、次回06年ドイツ大会では、この悪いイメージを払拭し、落ちたW杯の価値を高める努力が必要になる。
7月1日
ワールドカップが閉幕しても「とくダネ」は相変わらずの韓国マンセー報道ですか。ダメだな、こいつらは。
小倉よ。カーンの2失点はどちらもカーンのミスじゃない。カーン自身は誇り高いがゆえに自らのミスと言うだろうが、それが彼のミスでないことは恐らくチームメイト全員が認めることだろう。「カーンのミス」を連呼するな。
小倉「共催はやっぱり成功ですよね」
大会が何とか閉幕を迎えたという意味でなら是だがお前の言ってる意味では
私「失敗に決まってんだろーが!ヽ(`Д´)ノゴラァ」
日韓関係に新たな歴史の1ページが加わったのは事実だ。ただし望ましくないページがな。
あと名前は知らんがいつも特集組んでるお前(笠井じゃなくてメガネ)。「韓国だけじゃ資金的に無理だから共催した」みたいな言い方したな。日本単独開催にケチつけて割り込んできたのはあっちだっつーの。チケット価格も平等じゃないと嫌だと駄々をコネたのも韓国だっつーの。ふざけんな。

夜の「ニュースステーション」も相変わらず。「韓国がアズーリを力で捻じ伏せた」?ぬかせこのバカが。
7/1毎日新聞夕刊 「壊されたW杯」に怒り 鈴木洋史

 サッカーを、ワールドカップを壊そうとした者は誰か。私はいま、そのもの達に対する怒りでいっぱいだ。
 そもそも国際サッカー連盟(FIFA)内の権力闘争の産物として共催が決定した時点で、今大会の歪みは約束されたものだったのかもしれない。テレビ放映料とスポンサー料が急騰し、FIFA代理店のISLとテレビ放映権を持つキルヒ・メディアが倒産した。FIFAとバイロム社の無責任極まりない姿勢によりチケット販売が混乱した。
 誤審問題が相次いだ。スポーツに誤審はつきものだが、かつてこれほど開催国に有利な誤審が続いた頃はなかった。それにより、エクスタシーをもたらしてくれる魅力あるサッカーが排除された。私はそれが悲しい。
 他国同士の対戦会場で自国の名を大合唱し、ナチスの印に侵入禁止マークを重ねた幕や、「ヒトラーの息子達は去れ」と書いた幕を掲げる。過剰な民族主義は酷い。
 私は「嫌韓感情」からこんなことを書いているのではない。私はサッカーが好きだから、イタリア戦における韓国の戦いぶりを絶賛する。それと同様、サッカーが好きならフィーゴやトッティやラウルの嘆きを思いやり、真の「友人」たらんとするなら他国に対する敬意を促すのが常識ではないか。
 だが、我が大マスコミは金科玉条的に「友好」を大合唱した。真実を大いに隠さんばかりの報道振りは「大日本帝国万歳」と叫ぶ姿に重なり、私は鼻白むばかりか、背中に寒気を感じた。
 そのおかげで、人間の本音が出やすいインターネットの掲示板には、誤審に対する批判、他国への敬意を欠いた応援に対する嫌悪感、大本営発表に対する不信感が渦巻いている。一部には「友人」に対する差別用語まで飛び交っている。匿名性を盾に平然と差別用語を口にする者を私は軽べつする。
 以前も私は、スポーツのエクスタシーよりも、金科玉条的に「日韓友好」を唱えることの危険を指摘した。サッカーを愛することは「結果として」相互理解を深める。それが健全なあり方だ。
 だが、入り口を逆にすると不健康な事態になりかねない。それは「教育」のためと称する高校野球が裏で多くの矛盾を抱えているのと同じだ。
 そして、杞憂は現実となった。
「以前」というのがいつなのか判らないのが残念だ。

昨日ブータンで行われたFIFA最下位決定戦は4-0でブータンが勝利。まあ英領モンテセラトは人口5000人、サッカー人口150人、ブータンで高山病にやられて7人ダウン、うち2人は動けない状態だったからなあ。
ところでこの試合、ブータン国内では初めてTV中継されるサッカーの試合になったらしい。そのせいかブータンの全人口3万のうち2万5千人が競技場に集まって声援を送ったそうな。高山病で苦しみながらも直向きにプレーするモンテセラトの選手たちに、ブータン国民は声援を送り続けたという。どこぞの共催国とはエライ違いだな。ブータンを見習えよ、いろいろと。FIFA40位だか開催国だかベスト4だか知らんが、やってることは世界最低だな。
【日韓関係向上が8割超 W杯共催で全国世論調査】中日新聞
 共同通信社が六月三十日と七月一日の両日、日本と韓国が共同開催して閉幕したサッカー・ワールドカップ(W杯)について全国電話世論調査を行った結果、共催が日韓両国の関係強化にプラスになったとする回答が合わせて82・6%もあった。開幕半年前の昨年十一月に実施した調査と比べると、韓国との共催を評価する回答と、韓国への親近感も大幅に高まった。
 サポーター交流などを通し、若い世代を中心に日韓新時代を開いたとされるW杯の共催意義を裏付けた。
 共催が日韓関係強化に「大いにプラスになった」は26・7%、「ある程度プラスになった」は55・9%あり、「あまりプラスにならなかった」は10・6%だった。大会ではアジア初のベスト4に進出した韓国チームの活躍に、日本からも応援する声が上がり、両国にこれまでなかった連帯感が生まれた。
 日本は招致段階では単独開催を目指していたが、歴史的な共催となった。韓国との共催については「共催してよかった」が63・6%で、昨年十一月に実施した日韓合同世論調査(日本側調査結果)での「共催になってよかった」31・9%からは倍増した。
 W杯を終え、韓国に対する親近感も「とても親しみを感じる」が16・3%(昨年十一月9・5%)「ある程度親しみを感じる」が53・4%(同43・6%)とともに増え、親しみを感じるとの回答は16・6ポイント高くなった。
 大会の成否を尋ねた質問には「成功したと思う」が80・1%と大勢を占め、「成功しなかったと思う」は8・5%にすぎなかった。
 日本が初めて決勝トーナメントに進出し、空前の熱狂を生んだ大会は、入場券のトラブルや審判員の誤審問題などもあったが、地球規模の祭典の素晴らしさが大半の支持を得た。
【関係改善に大きな影響なし 水野・韓国全南大助教授の話】
 水野俊平・韓国全南大助教授(韓国語学)の話 今回のFIFAワールドカップTMは韓国人の自尊心を高揚させはしたが、日韓関係にはそれほど大きな影響を与えなかったと思う。なぜなら韓国がベスト4進出という期待を大きく超える成果を得たことで、日本に対する勝利感と自信感を持ったからだ。日本人の多くは韓国を応援したが、私が街頭で見た限り、韓国人はそうではなかった。むしろ日本が負けるのを願う声も多かった。韓国にとってW杯は結局、自国中心の祝祭だった。両国間には歴史認識問題をはじめ、戦後補償問題、領土問題など複雑な事案がある。こうしたことを考えれば、今回のW杯が両国関係全般にわたる改善や、日本への感情を変化させる役割を果たすのは難しい。(ソウル共同)(共同通信)
[7月1日1時4分更新]

【双方の関心高めた出来事 鄭大均・東京都立大教授の話】
 鄭大均東京都立大教授(日韓関係論)の話 ソウル五輪の時もそうだったが、W杯をきっかけに韓国といろんなかかわりを持とうという日本人が増えると思う。韓国でも同じで、双方の関心を高めた大きな出来事だった。ただ隣国を伝えるのに、熱狂と共感ばかりが目立った印象がある。韓国メディアは自国民の威信を多く語ったが、これに対する違和感を日本がもっと表明してもよかったのではないか。この時期には金大中大統領の2人の息子が逮捕されている。韓国の過剰なナショナリズムの背面には、自国への自ちょう的な意識があることを忘れてはならない。(共同通信)
[7月1日1時4分更新]
【天声人語】朝日新聞
 熱い6月が終わった。このワールドカップの6月は、後にどう回顧されるだろうか。幼い世代にとっては、ひょっとしたら「日の丸」と「君が代」の季節としてではないか。とりわけ日の丸である。日の丸がこれほど国中にあふれたのは先の大戦以来ではないだろうか。意味合いはずいぶん違うにせよ。
 顔全体を塗りたくって日の丸顔に仕立てている若者たちがいた。お世辞にも美しいとはいえないが、彼らはひたすら陽気だ。茶髪や金髪、赤髪の選手が君が代を歌う。古風な歌詞との対比に微妙な違和感を感じるのは旧世代だろう。選手たちはそんなことに頓着している気配はない。
 これで国旗と国歌が定着した、などと重々しくいうような事態ではあるまい。若者たちは、恭しくというより、軽々と日の丸や君が代に相対していた。その軽さ、屈託のなさが印象的だった。翌日には他国の国旗を掲げてその国を応援したりするのだから。
 韓国は少し事情が違うかもしれない。選手たちの闘争心と観客の熱さは日本を上回っていただろう。そしてあの快進撃である。韓国の人々の心に深く刻まれる経験だったであろうと推測する。
 強豪が次々と敗退したのは寂しかったが、サッカー勢力図の塗り替えが進んでいるのかもしれない。とはいっても、結局決勝に残ったのは、ヨーロッパと南米だった。30年の第1回大会以来、他の地域からは決勝に出ていない。頂点はサッカー王国ブラジル、最多5度目の優勝だ。
 そうこうするうちに、アジサイが色あせ始めた。熱く、短い6月だった。
【産経新聞朝刊 産経抄】
 サッカーと黄海の南北交戦は、どこかでつながっているのかどうか。W杯日韓共同開催と韓国の健闘が大いに北朝鮮を刺激したという見方がある。そうだとすればサッカー、とくにW杯は民族と民族の疑似(代理)戦争であるという説に納得がいく。
 ▼そうした懸念はあるにしても、この一月間、いやあ面白かった。にわかファンとしても興奮を味わったから大会は成功したといっていい。しかしこの高揚感はこれからも続くのか、いや満月の後の大潮のように潮が急速に引いていくだろう。
 ▼というのは水を差されたこともあったから。水を差したのは南北交戦や誤審問題だけではない。たとえば韓国の躍進は大いに祝福するのだが、マスコミ報道、なかでもテレビのあまりにわざとらしい韓国びいきにはへきえきした。
 ▼あちらは国をあげての国威発揚の場としているのに「同じアジアの一員として応援しよう」などと。「韓国の盛り上がりは韓国が勝利することがすべてである」(黒田関西大教授)や「仁川の記者室では日本が敗れて歓声が上がった」(こぼれ話)といった報告に接すれば、鼻白む思いになるのが自然だろう。
 ▼地球にはどこにも地政学があり、国民心理の機微や民族感情のあやというものがある。それを無視した歯の浮くような解説や見えすいたコメントが、“隣の芝生”を余計青く見せてしまった。皮肉なことだが、実はかえって日本人に嫌韓派をふやしてしまったのである。
 ▼W杯共催の成功は確かに喜ばしいが、さてこれが「靖国」や「教科書」の課題を持つ日韓関係の改善にすぐ結びつくだろうか。北朝鮮への太陽政策の破産と同じように、甘い幻想は持たないほうがいい。祭りは終わったが、後片づけは大変である。
朝日新聞7/1朝刊 家庭欄「ニッポンの思い出聞かせて」

イスタンブールから84人の団体で来たアズラ・アガルさん(35)
「韓国と違って、街にあまりにおいがしない。ホテルや街の中にも花がたくさんあってきれい」と感心した。

トルコ・自営業ムスタファ・オズトゥルックさん(43)
「日本だから、行こうという気になった。映画やインターネットで、日本の経済や文化に興味を持っていた」

英国マンチェスター市の消防士ジェームス・ラルフさん(22)
「清潔で、何でもきっちりしている。列車の未来的な感じもいい」

イングランドチームの取材で来日した南ドイツ新聞の特派員ロナルド・レンさん(30)はプレスセンターやホテルの対応に満足そう。
「語学の出来る人を配置していて、わからないことも電話で問い合わせてくれる」「時間通りに電車が来るのに驚いた」
6月30日
6/30付産経新聞朝刊 「紙面批評」 工藤雪枝(ジャーナリスト)
 1ヶ月に渡って世界中を熱狂させたW杯もいよいよ今日が決勝戦である。海外のプロリーグを見るためにケーブルテレビを購入した私にとって、試合結果に一喜一憂する日々もようやく今日でひと段落となる。
 しかし、日韓共同開催のこの度のW杯は、後々、不正と疑惑に満ちたものとして語られるのは明白であろう。
<チケット問題の事。略>
 また韓国対イタリア、そしてスペインの試合に際しての審判の判断は、韓国に有利になされたという印象を持った。実際にもFIFAの審判委員会が「大会の判定で1つか2つの大きなミスがあった」と発言している。
 加えて、韓国の国を上げての、「ナショナリズム」の表現ともいえるような応援の仕方は、韓国が一元化した価値観の国であり、また審判不正疑惑ともあいまって、賄賂社会なのではないかという憶測を、世界各国に持たせる事となってしまった。私が実際に各国の知人らに話を聞いてみたところ、世界の報道の潮流は「反韓」ムードにあふれているようである。特に「優勝候補」といわれながら韓国に敗れたイタリア、スペインでは国をあげて大変な騒ぎになっているらしい。
 スポーツというレベルを超えた国際的かつ政治的影響力がW杯にある。今回のw杯の応援を振り返ってみても、日韓の壁と距離が縮まったとは思えない。韓国戦以外のチケットがほとんど売れ残る韓国に対して、日本では日本を応援しながらも純粋に高いレベルのサッカーを見たいが為に、他の国を応援していた人々が多くいた。そのためか、日本代表の試合において、一種の脅威とも感じられる異様なナショナリズムは存在しなかったと思う。
 明らかに日本と韓国においては、さまざまな違いがみられた。韓国はW杯の共催酷となったことが、今後の国際社会で何らかのマイナスの影響力ともなりうるのではと想像できるくらい、世界が韓国をみるまなざしは今、厳しい。
 ヨーロッパのあるジャーナリストは「韓国のサポーターの応援振りはまるで北朝鮮そのもの」と指摘している。日本代表が敗れて以来、同じアジアの共催国、韓国を応援しようという空気が日本のメディア全体にながれている。韓国が世界に与えた様々な疑惑を指摘することさえ、はばかられるような閉ざされた言語空間が、今の日本には確実に存在する。
 そんな中、私は産経新聞の役割に多いに期待して来た。それは、産経が日本のメディアのタブーを多く打ち破って来た事と、韓国や朝鮮半島に強いという実績があると感じてきたからである。韓国ナショナリズムの異様な盛り上がりの背景、審判に対する疑惑の解明や分析、韓国が日本のことを実際に本音ではどう見ているのか、私自身もっと知りたいと思っている事は多い。
 しかし、残念ながらこれまでの報道を産経紙上で読む限り、そうした疑問に対する十分な答えを見つけられないという印象を、私は持っている。おそらくW杯の真の影響があらわれてくるのは、これからであろう。今後も、前述したようなさまざまな疑問に答えてくれる報道を期待したい。
【サッカーに表れた国民性】スポニチ 金子達仁
 前方から2人組が歩いてきた。こういう状況で、委細かまわず自分が進みたいルートを直進していこうとする日本人は少ない。ほとんどの人にとって、第一に浮かんでくる選択肢は「迂(う)回」だろう。外国人から見れば正気のさたとは思えないらしいラッシュアワーが、それでもさしたるトラブルを引き起こすことなく成立しているのは、日本人の心の奥底に無用の衝突を避ける気持ち、ぶつかるよりはかわした方が利口だとの思いが働いているからだと私は思う。
 韓国に行くたびに驚かされるのは、一見日本と同じように見える人込みが、日本よりもはるかに強い接触を伴っているということである。すれ違いざまに肩がぶつかるのは日常茶飯事で、日本であれば不穏な空気が立ち込めてしまいそうな強い接触もある。それでも、韓国の人たちはさして気にする様子もなく、また次なる接触を繰り返していく。
 日本と韓国は、ともにトルコに1点差で敗れた。しかし、その内容はまるで違うものだった。日本の選手は、トルコの選手が詰め寄ってくるとパスを回して迂回しようとした。韓国の選手は、敵2人の間に突進し、一気にチャンスを作ろうとした。トラブルを避けた日本のサッカーは、ほとんどトルコにチャンスを与えなかったが、半面、自分たちのチャンスも少なかった。逆に、韓国は多くのチャンスを作った代償として、日本が許したのよりもはるかに多くの決定機をトルコに与えた。
 これはもう、国民性の違いとしかいいようがない。
 ドイツがフランスとはまるで違うサッカーをやるように、アルゼンチンとブラジルが同じ南米とは思えないほど異質なサッカーを展開するように、日本と韓国はまるで違う国だということを、多くの人が認識したに違いない。日本人には、韓国人のようなサッカーはできないし、また、やるべきでもない。
 忘れてはならないのは、今大会における日韓両国の間に生じた結果の差は、決して監督の力によるものだけではなかったということである。根底にあったのは、あくまでも日韓両国の国民性だった。あえていうなら、猪突猛進型の国民にボールを回すことの重要性を説き、従来の韓国にはなかったプラス・アルファをもたらしたヒディング監督と、ボールを回しているだけのデメリットに手をつけなかったトルシエ監督の差が出たといったところか。
 トルシエ監督は名監督かという問いに、私は迷わず「ノー」と答える。だが、日本がベスト16にとどまったのは、彼の責任だけではない。日本人は、日本人であるがゆえにさえない試合でトルコに敗れたのだ。そのことを、改めて実感させてくれた3位決定戦だった。(スポーツライター)
【カルチョ・談ゴロ】第67回 誤審問題 by Kazufumi Yoshida スポーツスペース
 今回のワールドカップを通して、各国に於けるメディアの影響力の大きさを改めて感じている。
 前回のコラム「優勝候補敗退の原因は?」を読んでもらった読者の皆さんの中には、コラムを読みながら「そういう理由よりもまずは誤審だろっ?」と感じた方も多いはず。前回は敢えて誤審問題に触れませんでした。それは誤審があったのがあまりにも明らかで、触れるまでもないと思ったから。
 ただ、その後でインターネットや日本に住む友人から日本の状況を聞くにつけ、どうやら日本国内での報道のされ方が違っている事が判明。日本や韓国では、その他の国が「普通」に報道していた誤審問題に報道規制が敷かれているような雰囲気があると思うのだが、実際はやはりそうなのだろうか?
 どの国でもメディアが報道する内容が偏っているのは、ある意味、自然なこと。それは日本も例外ではないし、世界中で起きている事件などを全て報道していたら時間がいくらあっても足りない。それに報道する視点も、多かれ少なかれ偏る事があるだろう。
 ただ、日本に住む友人などから日本国内のワールドカップ関連の報道状況を伝え聞くと、普段以上に誤審問題の扱いが少ないようだ。というか、韓国が関わってくる事の報道の仕方にはマスコミの上層部がかなり敏感で、韓国を批判する事がタブーになっている。共同開催で協力し合う事と、おかしい事をおかしい、と言う事は別だと思うのだが、なかなか問題はデリケートである。
 まず最初にハッキリさせておきたいのが、今回のワールドカップが誤審のオンパレードだったという事。イタリアではニュースで取り上げられるまでもなく、試合を見た時点でそれは明らかな事だった。
 サッカーの報道に関して、イタリアは結構優等生。ハーフタイムや試合後に、ピッチの俯瞰映像から両チームの展開状況を簡潔にまとめ、試合中、試合後に得点シーンと重要な場面をVTRで紹介する。イタリアのテレビでは解説し過ぎず、しかし必要な情報はしっかりと発信されている印象がある。これ自体はこうやって書くと「当たり前のこと」のように感じるが、それが当たり前に機能していないのが今の日韓の報道体制である。
 繰り返すがイタリアではオフサイドやファウルがあった場面で、両チームのプレーを出来るだけ公平に視聴者に提供する。そういう体制下だと、イタリア代表の試合で自国の守備陣がペナルティエリア内で反則に値するプレーをすれば実況者は「今のはPKですね」とハッキリ認めるし、相手の得点が誤審でオフサイドと判定されたりすると、VTRでパスを出した瞬間の選手の位置を視聴者にしっかりと見せる。だからイタリアが犯した反則を主審が見逃したとしても、視聴者は「笛は吹かれなかったけどファウルはあった」と認識できるのだ。
 しかし今回の韓国や日本はどうだろうか? 韓国のマスコミは他国で韓国戦の誤審が取り上げられるとこれを一斉に批判した。彼らは事実が違うから批判しているのではなく、そういった外部の声が韓国の功績に傷をつけるから、とにかく事実関係を確認せずに批判しているのだ。日本国内も少しおかしい。どういった見方、どの国を応援するかはその人の自由のはずだが、マスコミは押しなべて韓国寄りの報道しかしていない。
 外国のマスコミが韓国のポルトガル戦、イタリア戦、スペイン戦で起こった問題の場面を取り上げた事で、韓国でもこの問題が報じられたが、なぜかミスジャッジがハッキリと分かる映像は避けて、もしくは分かり難い角度からの映像にすり替えて放映されている。これは韓国のテレビ局の担当者が、「こんな映像を流したら、国内の熱気が冷めてしまう」と肝心の場面を意識的に避けたとしか思えない。
 日本のマスコミでも韓国との関係に波風を立たせない為に同じような方向でマスコミが動いているようだ。その結果、日本ではテレビで誤審の扱いが少なくなり、正確なニュースを得るためには外国のニュース媒体に頼らなければいけなくなっている。日本と韓国で開催されているのに、現地の人間がまともな情報を得られないというのは実におかしな話だ。
 これまでのワールドカップでも誤審は多くあったが、今回のワールドカップでは今まで以上に多い。また、開催国の日本と韓国に有利な判定が下されているのは事実だ。まぁ、それは開催国が毎回享受しているアドバンテージなのだが、今回はかなり派手に審判団からの援護射撃を受けている。
 韓国はいつもの事ではあるが、ボディーコンタクトが激しいサッカーが今回は特に有利に働いている。元ブラジル代表MFレオナルドが以前、以下のように語っていた。 「韓国との試合は難しい。韓国の選手の前をボールを持って通り過ぎようとすると、ボールか自分、どちらかが取り残される事になる。極めて反則が多いチームと言える。」
 韓国は一つ一つの局面で「直接」相手選手に対して攻撃に出る事が多い。アルゼンチンやウルグアイなどの狡猾さも有名だが、韓国サッカーのそれは南米の狡猾さとは別の方向性を持っている。ボールに関係なくファウルすればもちろん反則だが、それを主審に流されてはどの国にとっても試合はとても難しいものとなる。その韓国がヨーロッパの中でも肉体面を前面に押し出すドイツに負けたのは示唆的ではある。
 親善試合で韓国と戦ったフランスはジダンが負傷を負い、イタリア戦ではザンブロッタが後ろから蹴られ松葉杖でイタリアに帰国することになった。またユ・サンチョルの肘鉄を頭部に食らったフランチェスコ・ココは流血しながらもプレーを続けたが、これら3人が負傷した場面では特に主審が笛を吹く事はなかった。
 また、日本代表では中盤の戸田選手が再三ファウルを犯していたが、その割りに警告などが少なかったようだ。オフサイドに関係するシーンでも、判断が難しい場面は大方オンサイド(オフサイドではない)と判断されていた。
 とにかく、日本でも韓国でも今回のワールドカップの試合展開に首を傾げた方は確実に存在するはず。マスコミはそういった問題のシーンについて議論するのではなく、最低限「普通に」報道する事が義務ではないか? 起こった事をしっかりと伝えてくれさえすれば、あとは視聴者の一人一人が自分で判断するのだから。
6月29日
【受け入れられない屈辱】スポニチ 金子達仁
 数年前、スペインのある高名な審判が言っていた。
 「試合のあと、私のところにお前のせいで負けた、と言ってくる人間は多い。だとすると、私のおかげで勝ったチームもあるはずなのだが、なぜか、これまで私のところに礼をいいにきた人間はいない」
 ここにきて、韓国戦にまつわる誤審問題がクローズアップされている。激怒するイタリアやスペインの様子が紹介され、アルゼンチンからは「こんなにミス・ジャッジの多い大会は無効にすべきだ」と一流紙が論を張ったとも伝えられた。
 だが、いまだかつて誤審のなかったW杯があっただろうか。いや、サッカーから誤審が消えたことがあっただろうか。
 2シーズン前のスペイン・リーグでは、優勝をかけた大一番でFCバルセロナの決勝ゴールがものの見事にネットを揺さぶったにもかかわらず、レフェリーによって取り消されるという事件があった。会場はサンチアゴ・ベルナベウで、相手はレアル・マドリードだった。勝たなければ優勝の望みがほぼ消えるバルサは、このジャッジによって息の根を止められた。
 翌日、バルセロナの新聞は凄まじいまでの審判攻撃を展開した。買収をほのめかすものから、審判の力量を問題視するものまで、その内容は様々だったが、今回言われているのも、この時とほとんど同じことである。
 韓国対スペインでは、確かに誤審があった。ただ、言われているように今大会が突出して誤審の多い大会だ、とは思わない。いくつかあったトラブルも、サッカーの歴史が許容してきた範囲の中にとどまっている。韓国戦を前にしたカーンが言っていたように「地元のチームがある程度有利な笛を吹いてもらえるのは当たり前」なのである。
 では、なぜ今回はそのことをよく分かっているはずのイタリア人やスペイン人がしつこく抗議を繰り返すのか。そうでもしないと、アジアに負けたという事実を受け入れがたいからではないだろうか。サッカーに関するかぎり、彼らのアジアに対する蔑視(べっし)は骨の髄までしみこんでいる。オレたちは韓国に負けたんじゃない、審判に負けたんだというのが、一番手っとり早い逃げ道だったのだろう。早い話が、負け犬の遠吠(ぼ)えである。
 2人の選手を3人で見守る柔道と違い、サッカーはたった3人で22人の一挙手一投足に注目しなければならない。しかも、サッカー選手の中には柔道の選手と違って、審判をだまそうとする者もいるから、誤審はさらに増える。
 イタリア人やスペイン人が何を言おうと、韓国人は黙殺していればいい。「この大会は無効にすべきだ」というアルゼンチン人の主張に対しては、ドイツ人やブラジル人が反論してくれるだろうから。(スポーツライター)
あのなー、毎年開催されるリーグと4年に1度の祭典とを同列に語らんでほしいんだけど。WCは本選に出場できるかどうかがまず関門であってだな(以下略)
【山崎浩一 「地球あちこちサッカー漂流」】(C)Copyright2002 SKY Perfect Communications Inc.
―世界各地で勃発しているサッカー現象を、テレビの前から読み解く―
第18回「ボールは丸い。だから、敗者にこそ幸あれ」

 サッカーを愛する者が、絶対に忘れてはいけない約束事――。
 1年ほど前だったろうか、NHK教育テレビの『未来への教室』というドキュメンタリー番組(確か3回シリーズ)に、ホルヘ・カンポスが出演していた。元メキシコ代表GK(時々FW)としてワールドカップでも大活躍した彼が、メキシコの少年少女たちにサッカーの特別指導をする、という企画だった。
 アカプルコの海岸(だったと思う。カンポスは地元アカプルコで鳴らしたサーファーでもあるから)で、総仕上げの練習試合を終えた後、カンポス先生は子供たちに言う――
「さあ、これで僕のサッカー教室はおしまいだ。最後にもうひとつだけ憶えておいてほしいことがある。勝ったチームは、負けたチームにも幸あれ、と祈ること。プロでもアマチュアでも、これはキミたちがサッカーを続けていく限り、絶対に忘れちゃいけない約束だよ」
 彼が正確にこう言ったかどうかは、なにしろ1年前なので曖昧なのだが、少なくとも僕の記憶にはそのように刻まれている。彼のそのセリフで番組が終わった時、胸と目頭に熱いものがこみ上げてきた。そして、それまで心のどこかでカンポスに抱いていた「目立ちたがりアイドル的イメージ」が吹っ飛んでしまった。やっぱりさすがなヤツなんだなあ……と。
 敗者にも幸あれと心から祈れる者こそが、真の勝利に値する。
 おそらくカンポス自身も、そう教え込まれてきたのだろう。もうそれだけで、メキシコのサッカー文化の豊かさ、奥深さがわかろうというものだ。そして、たとえワールドカップで万年ベスト16どまりであっても、メキシコは「誇り高き勝者/誇り高き敗者」どちらの名にも値するのだ。
 敗者が勝者をリスペクトするのは、さほど難しくないことかもしれない。でも、その逆はけっこう年季がいる。勝ったり負けたりの幾多の経験を積み上げてこそ、そのような文化が根付いていくのだと思う。スター選手が子供たちに「最後に(≒最も)大切なこと」として、それを伝えるような素晴らしいサッカー文化が。それは裏返せば、サッカーに限らずあらゆる勝負事、さらには人生や世界そのものの残酷さを、なんとか受け入れるためのレッスンでもある。
 記憶に埋もれていたカンポスの言葉を1年ぶりで蘇らせたのは、もう言うまでもないだろう、今回のワールドカップだった。もうわかっているはずなのに、ワールドカップはやっぱり残酷な光景に溢れている。4年に1度、いや、大半の選手個々(有名無名を問わず)にとっては一生に1度かもしれない、やっと巡ってきたチャンスを、お互いが削り合い、奪い合い、壊し合うのがワールドカップだ。そんな場に出てくる者たちが、せめて「敗者にも幸あれと祈れる文化」を共有していなかったなら、いったいどこに救いがあるだろうか。
 韓国の怪……いや、快進撃を半ば指をくわえて眺めつつ、最も残念に思ったのは誤審(というより「偏審」)問題よりも、そんな文化の決定的欠如の方だった。あれらの露骨なまでの疑惑判定の裏に何があったのか、なかったのかはどうでもいい。どうせ「真相」など出てきやしないだろう。でも、あれほど酷い判定にブチ切れることなく最後まで立派に戦って敗れ去ったスペインやイタリアの選手たちを、まるで背後から見下し嘲笑うような言葉を発せられる韓国選手・サポーター・メディアの神経は、たとえ「勝利の未体験」というエクスキューズがあったとしても、あまりに見苦しくはないか。そして、それに便乗してニワカ韓国サポーターに早変わりして訳知り顔でこんなことを言い出す日本人――「もともとイタリアのサッカー好きじゃねえし、ざま見ろだ」「イタリアやスペインだって自国開催でさんざ甘い汁吸ってんだから」「やつらアジアを舐めてんだよ」……。吐き気がする。カテナチオだのムッソリーニだのは、ひとりひとりの選手たちがワールドカップのために犠牲にしてきた時間とは無関係だろう。
 これまで見たこともない奇妙なワールドカップの渦中で、ただでさえいったい何が起きているのかわからず混乱している僕の頭が、きっと1年前のカンポスの記憶を必死で掘り返したのだと思う。とにかくあらゆることに、まだまだ長い時間が必要らしい。
6月27日
清水圭のラジオ番組から
安貞桓のスケートダンスに話題が及んで――
他の出演者「まあワールドカップにはいろいろあるし、あれはあれでいんじゃない」
清水圭「あれは絶対許せなかった。あれだけはしちゃいけない」
清水圭「ブラジルをどっか心から応援できんのも、リバウドの『顔面直撃の審判欺き行為』があったからやし……いやだめですねボクは」
うむ、そなたこそ漢の中の漢よ。
清水圭HPのコラムから 2002/06/27 03:50 時点
 6月24日、41歳になりました。ワールドカップの終盤に誕生日を迎えてなによりですわ。たくさんのお祝いメールありがとさんでございます。本当に勇気と元気が出ます。THANKS A LOT!
 韓国の快進撃が続きましたが(今日ドイツに負けた・・)ハッキリ言って、審判のジャッジがひどすぎますな。サッカーを愛する者の一人として、あれはヘコみます。トッティも退場じゃないし、ホアキンのドリブルも明らかにゴールラインを割ってない。その他もろもろ・・。一体どうやったらあんなジャッジがくだせるのか・・・?なにか大きな力が動いているのでしょうか?これがホームの強さなのか。とにかく審判ヘタすぎまっせ。
 さすがに今日のドイツ戦は正確なジャッジで気持ち良かった。韓国チームもカッコよかった。韓国チームは本当に強くてすばらしいのに、あのジャッジのせいで世界のサッカーファンから素直にほめたたえてもらえないのがもったいない気がします。選手達はみんな必死でがんばってるのに・・・。
 カーンの試合前の言葉がカッコ良かった。「不利な判定があってもシュートを全部止めりゃあいいんだろ!!」ごもっともです。おっとこ前やなあ。カーンに惚れた。
 日本も韓国も2006ドイツ大会にむけて、新たなスタートですな。今度は予選があるから大変やで〜!!しっかり応援せねば。
   けい。
と思ったらアレー?文章が微妙に改訂されてるー?
6月26日
清水圭HPのコラムから
 韓国の快進撃が続きましたが(今日ドイツに負けた・・)ハッキリ言って、審判のジャッジがひどすぎますな。サッカーを愛する者の一人として、あれはヘコみます。それもほとんどが韓国にとって有利なものでんがな。トッティも退場じゃないし、ホアキンのドリブルも明らかにゴールラインを割ってない。その他もろもろ・・。一体どうやったらあんなジャッジがくだせるのか・・・?なにか大きな力が動いている。
 さすがに今日のドイツ戦は正確なジャッジで気持ち良かった。FIFAも彼?に「ええかげんにしなさい!!」と怒ったのでしょう。彼って誰?みんなで勝手に想像してください・・・。
 韓国チームは本当に強くすばらしいのに、あのジャッジのせいで素直にほめたたえられないのが可哀想な気がします。でもこの方面の話はマスメディアでは絶対できないのでイライラするなあ。
注:この話はフィクションです。
何と、清水圭がやってくれました。しかも「この方面の話はマスメディアでは絶対できない」って…暗黙の了解っつーより闇の掟みたいなもんがあるっぽいですなあ。ま、どの方面の話でどの方面から圧力がかかるのかは論を待たないようですが。
しかしこのコラムのお陰で、24日の笑っていいともにぐっと信憑性が出ました。
【韓国ワールドカップ観戦記#4】情熱サッカーコラム 2002年6月26日 岩崎龍一
=6月19日(水)=
 地獄のような19日間連続移動を終えて約20日ぶりのオフ。大田(テジョン)からソウルに戻った。朝、ホテルを出るときに近くのホテルの前におびただしい数の警官が立っていた。韓国代表の宿舎らしい。玄関の前に韓国代表専用バスが2台止まっていた。その車体にはおびただしい数のファンからのメッセージが書き込まれていた。今回、韓国代表は練習のほとんどをファンにも公開していた。日本とは違い、選手がファンの期待をじかに感じる環境が整っていた。それを考えれば、韓国代表の驚くほどの頑張りが納得できる。韓国はいい意味で、国全体で今回のワールドカップを戦っている。
 それに比べれば、日本代表はなにか寂しいものを感じた。今回のチームは日本サッカー協会とトルシエの仲間たちだけでワールドカップを戦ったような気がする。友人から伝え聞いたところによると、日本代表の選手たちはトルコ戦に敗れた後にそのままロッカールームに帰ろうとしたそうだ。山本コーチが促したことにより場内を一周して挨拶したようだが、今回のチームはある意味でサポーターとの間に微妙な隔たりがあったのではないだろうか。城郭のようなキャンプ地に隔離されて、サポーターの生の声を聞くことのなかったチーム。ホームで戦ったが、結局はその利点を使わなかったような気がする。
 大田からソウルに戻り、夕方に友人の知り合いの韓国人の方と夕食を共にした。サッカーにはあまり興味がないようで、ワールドカップの話は少なかったが、現在の韓国の若者の考え方についていろいろと話を聞かせてもらった。
=6月20日(木)=
 疲労がかなり溜まっていたらしい。久しぶりに目が覚めるまで寝たら、夕方だった。今日はホテルでのんびりと過ごした。
 日本でこのコラムが大きな反響を呼んでいると初めて知った。日本ではなにも事実が報道されていなかったようだ。こちらに来ている新聞記者は、僕も含めて事実を記事にして日本に送っているのに、日本のほうで韓国の疑惑に対する記事は削除されているようだ。さまざまな人からの反応のメールに目を通した。多くはポジティブな意見だったが、なかには物騒なものもあった。韓国で僕の宿泊先を探しているというのだ。何をするつもりなのだろう。そんな暇があったら、サッカーのルールブックを読み直して、もう一度韓国の試合のビデオをルールに則った目で見直せばいいのではないかと思った。
 反論のなかには「韓国と日本の過去の歴史」という記述が多く見られた。確かに我々日本人は過去に韓国に多大な被害を及ぼした事実を見直し、きっちりとした謝罪をし、今後両国がより友好を深めていくことに努力しなければならない。しかし、それは僕にとっては今回に行うことではない。今回は、僕は純粋にサッカーの試合を見に来たのであって、これが韓国以外の他の国で行われていたならばその国に行っていた。
 大切なのはワールドカップという大会の価値をどこに求めるかである。ワールドカップは開催国の韓国や日本のものではない。2年という予選の歳月をかけて、地球上のすべての人々が4年間を待ち焦がれた大会だ。それを開催国のものだと思い込むことは大きな間違いだ。
 夕方、韓国の大学で教鞭を執る韓国人の知人に「おめでとう」の電話を入れた。しかし、その知人は「審判がね」とこちらが話すまでもなく、判定の不可解さを挙げていた。韓国の人でも冷静になって物事を見ている人もいるのだなと、ちょっとホッとした。
=6月21日(金)=
 金浦空港から釜山に飛び、そこからバスで蔚山に向かった。ドイツと米国の試合はなかなかの好試合だった。特に今回の米国は素晴らしいサッカーを展開している。一言でいえばシステマティックでアメフトのようなサッカー。ワイドレシーバーのような両サイドの選手が、きれいなオープン攻撃を展開し、今大会での得点の場面を見ればすべてがビューティフル・ゴールだ。試合は結局、後半4分のバーハルターのシュートをドイツのフリンクスがハンドで止めた場面を審判が見逃し、結局ドイツが1−0の勝利を収めた。気持ちがよかったのは、試合後に発表されたマン・オブ・ザ・マッチが米国のキャプテン、レイナだったこと。敗れたチームからこの試合のMVPが出るのはそれだけサッカーを見る目を持った人がいるということだろう。
 残念だったのは会場の雰囲気だ。米国とドイツの選手が必死になってピッチで戦っているのに、試合の流れにまったく関係ないところで巻き起こる「テハンミング」(大韓民国)の大合唱と、試合の妨げになるようなウエーブ。はっきりいって、マナーという面では観客は最低だ。
 日本ラウンドを経て西帰浦でパラグアイと戦った後にドイツのGKカーンががら空きのスタンドを見て「これはワールドカップの雰囲気ではない。親善試合のようだ」と嘆いていたが、この日はどのような感想を持ったのだろう。
 今回の大会で、韓国はキップの売れ行きが悪く、結局自治体がキップを買い取って公務員や学生に無料で配ってスタンドを埋めようとしている。だからサッカーに興味のない人も、当然多くいる。それによって的外れな応援が繰り広げられているのだろう。その点日本は自らチケットを買い求めた、本当にサッカーを見たい人がスタンドを埋めているので、韓国の試合のようなことは起こっていないのだろう。
 他国同士のサッカーの試合を見る目は、日本人の方が優れているのではないかと思う。それは10数年前までは日本代表がアジアでさえ勝てなかった背景があるのではないだろうか。日本のサッカーファンは外国のチーム同士のなかにサッカーの楽しみを求め、それが目を肥えさせた。日本代表の試合が満員にならなくても、トヨタカップのチケットが数十分で完売していたことを考えれば、そういえるのではないだろうか。その点韓国はアジアで常に優勝を争う国だった。だから国家代表以外の試合には興味がなかったのではないだろうか。
 深夜3時にホテルに戻り、明日の朝は6時に出発しなければならない。
=6月22日(土)=
 もうなにも言うことはない。なにが起こっても不思議はない。またまた失望してしまった。今回のカギを握ったのは主審ではなくラインズマンだった。特にトリニダードトバゴのラインズマンは露骨だった。延長に入る前にスペインのカマーチョ監督が、ラインズマンに詰め寄っていたのも異様な光景ならば、試合後にエルゲラ、ファンフラン、ルーケがラインズマンにつかみかかろうとしていた光景も異様だった。
 延長前半2分に右サイドのホアキンのクロスをモリエンテスがヘッドで決めたときに試合は終わったと思った。しかし、ラインを割ってもいないのにラインズマンは旗を上げた。前の席に座っていたスペイン人記者が「Por qe?(なんで?)」とわめいていたが、僕も「ポル・ケ?」である。
 客観性を増すために、数人の外国人記者に判定について聞いてみた。フランス人、ドイツ人、イタリア人、どの記者も僕よりははるかに高レベルの試合を常に見ている人たちである。彼らは質問に答える前に「お前は韓国人か?」と聞いてきた。「日本人だ」と答えると、「あれはおかしすぎる」と誰もが口を揃えていた。
 救いだったのはヒディンク監督が、韓国の選手たちと喜びを分かち合う前に、かつてのレアル・マドリッドの教え子だったモリエンテスなどのスペイン選手を慰めていたことだ。
 この日も韓国の選手は、本来はいい思い出になるであろうスペイン選手とのユニフォーム交換を拒否された。唯一ユニフォームを交換したのはベルギーで活躍している薛湊鉉。プジョルは大きな心を見せた。
 試合後、町は狂乱状態だった。異常な大会である。しかし、ワールドカップということを忘れて、韓国史上初の国民一丸となった狂乱状態のなかに身を置くのも貴重な経験だと開き直った。もう、ここまできたら韓国には横浜での決勝まで行って欲しい。日本という中立の場で、不可解な判定というミソはついているが、お世辞抜きに素晴らしいサッカーを日本の人々にも見てもらいたい。
 それにしてもヒディンクはすごい。劣勢であるにも関わらず、90分の終了間際には3バックのうちの一人である金泰映に代えてストライカーの黄善洪を投入してきた。守ろうという姿勢を一切見せない選手交代をやられれば、選手たちも勝ちに行こう思うのは当然だ。ヒディンクは本当に選手と観衆の心理をうまく刺激している。
=6月23日(日)=
 韓国人の友人の李さんと申さんとともに食事をした。2人ともちょっと異常な状態に戸惑いながらも、けっこう冷静な目で今大会を見ていた。
 韓国に来て約1カ月ちょっとの滞在の間に、360ミリリットル入りの真露の焼酎を60本以上飲んでマグアイヤのホームラン記録を塗り替えると宣言した。その通りこの日は全打席連続ホームランの量産体制。朝まで杯を酌み交わした。
=6月24日(月)=
 ひどい二日酔いである。テレビを見ていたらFIFAのブラッター会長が韓国対スペイン戦で「重大な2つの判定ミスがあった」と認めた。これはスペイン戦に限っては韓国の勝利は正当なものではなかったということだ。
 この日、今大会の審判委員を務めていたスペイン協会の会長が、その職を辞任した。大会中に審判委員を辞めるなんて異常なことだ。恐らく鄭夢準よりはサッカーに幼い頃から精通していたこのスペイン協会会長は、サッカーという神聖なスポーツを冒涜されたことに怒りを隠せなかったのだろう。
 この日、明日に控えた韓国対ドイツ戦の審判が発表された。スイス人の主審をはじめ、審判団はすべて欧州の人たちで固められるそうだ。本来は、ワールドカップはその試合に出場する大陸のレフェリーは笛を吹かないことになっている。その通例を覆しての決定。本当に異常な大会だ。
6月25日
【ソウル現地レポート 気持ちの良い夜に】イサイズスポーツ Reported by 小野寺 俊明 in ソウル
 試合終了のホイッスルが鳴った。ソウルワールドカップスタジアムは、一瞬の沈黙の後、韓国代表へのコールが続いた。サポーターの目に涙はない。FIFAランキング5位のポルトガル・6位イタリア・8位スペインと、欧州の強豪を連破した韓国の快進撃は、日本に上陸することなく、ソウルで終わった。しかしサポーター達の、なぜか晴々とした顔がうらやましかった。
 後半開始すぐ、観衆は6万5256人と発表された。確か公式記録では収容6万3930人のはずだが、深く考えない事にする。ドイツサポーターは推定200人。他は全て赤い色だった。流行は、「Be The Reds!」のTシャツ。サポーターの7割はこれだ。街のいたるところで売られていて、1枚7000〜1万W(700〜1000円程度)。店によって赤の色具合が異なり、Tシャツ以外の商品もある。版権がどうなっているのか悩む。
 スタンドでは、「テーファミング(大韓民国)、テーファミング」のコールに、「オー ピルゥスン(必勝) コリア、オー ピルゥスン コリア、オー ピルゥスン コリア…」の、耳にこびりついて離れない応援が続く。
 今日の韓国代表は、疲れている様に見える。プレーのスピード、キレもそうだが、何よりスペイン戦まであった、オーラのようなものが感じられなくなっていた。ベスト4に進んだ満足感なのか、6試合目、しかも中2日という強行日程のせいなのか。
 試合は、終始ドイツペースで進む。そして後半30分、遂に均衡が破れる。右でパスをカットしたドイツが、右サイドを深くえぐり、センターリングからバラックがゴールを決めた。ここから韓国も反撃に転じるが、心なしかがっくり来ている様子が見て取れる。
 敗戦が決まった瞬間、サポーターは沈黙した後、すぐさまコールを送った。挨拶に来た代表を暖かい拍手が包む。選手が去った後、韓国のサポーター集団・レッドデビルが、スタンドを掃除しはじめた。
 試合終了から10分ほどたつと、ドイツの選手が数人、クールダウンのためピッチでランニングを開始。そして韓国サポーターの前を通る。選手らは手を頭の上で、軽く叩く。すると韓国サポーターから拍手が起こった。ドイツの選手たちは喜んで、慣れない?お辞儀を返してくれた。
 6月25日晴れ、気温21度、湿度42%、風が吹くと少し肌寒いが、気持ちの良い夜だった。もちろんこの気持ちの良さは、気温や湿度のせいだけではないだろう。遠くから数少ないドイツサポーターの声が聞こえる。「ヨコハマ、ヨコハマ」。韓国代表は、その横浜の前日、大邱で3位決定戦を戦う。26日の埼玉で敗れ、失意の中1000kmを旅してくる相手と。
【江藤の世界杯争奪戦・参戦日記】 6月25日 ソウル ケンチャナヨ・バーゲンセール イサイズスポーツ
 今回の訪韓用にデジタルカメラの電池を充電してきたのに、なぜかあっという間に電池切れになる。ものすごく取りたい画がたくさんあるのに、デジタルカメラでは映像を残せないのが残念。コンパクトカメラを持っていたので助かったけど。
 昼頃ホテルから外に出るとすでに街は真っ赤に染まっていた。これから10時半過ぎの試合終了までウリナラマンセー・ショウタイムが続くわけだ。
 代表レプリカを着て、タオルマフラーを首に巻いてホテルの地下にあるPC房(PCバン=インターネットカフェ)へ。こちらのインターネット環境は本当に快適である。数MBのデータであればものの数秒でダウンロード完了である。毎回同じPCに座れれば問題ないのだが、その都度違うPCに座らざるを得ないため毎回マイクロソフトのHPから日本語のフォントとIMEがパッケージになっているファイルをダウンロードして日本語環境を作り、各種HPを巡回し、原稿を書きこむ。
 日本のインターネットサイトでは、ここまでの韓国の躍進が誤審問題と絡められてずいぶんと大きな話題になっているということを知る。その一翼を担っているのがアカシックレコードというメール&インターネットマガジンだ。このサイトはずいぶん前から知っていたが、HPに使用している画像のセンスとネーミングのセンスが決定的にダサくて、ものすごくいい文章を論理的にわかりやすく書いていたにもかかわらず、なかなかメジャーにはなれなかった。それが韓国と誤審を結びつけて飛躍的に発行部数を伸ばしていることを知る。
 なんだ、みんな潜在的に嫌韓なのかと思った。
 マスコミは必死で友好ムードを演出しようとするけれども、そりゃ事ある毎に日本の国旗や首相の人形を燃やすような国に対して親しみがわくはずないよね。実際、ぼくの友達の中にも相当数の嫌韓派がいる。もちろん、一部には熱狂的な親韓派がいるのは確かだが、彼らに対して論理的に議論を挑むと、最後は親韓原理主義者となって「何を言われようとぼくは韓国に対して日本は悪いことをしたと思っています」と支離滅裂な言動になる。それじゃダメでしょ。
 ぼくも過去そうだったが、日本の事を誉められるとどうしてもそれに対して反発したくなる気持ちをずっと持っていた。子供のころから「日本は悪いことをしたから世界中で嫌われています」って教え込まれてきたらそりゃ、なかなか日本がいい国で世界中から良く思われているという事実をなかなか受け入れられないものだ。だけどその考えを一度リセットして、つまり幼児期からの教育による洗脳状態を一度まっさらにして事実だけを頭に入れていったらすんなりと日本のことを「いい国」だと思えるようになった。教育は怖いと思った。
 そんなことはどうでもいい。この日の試合を見るためにぼくはいくつかの準備をしなければならない。それを済ませてキックオフ3時間前に会場へ向かう。ワールドカップスタジアム駅前はすさまじい喧騒でものすごい数の人でごった返していた。サッカーボールを持つ集団を探して歩き回ったが、見つけたのは日本人の集団だけ。寂しいもんである。
 1次ゲート、2次ゲートのおばあちゃん、チケットもぎりのお姉さんを突破して会場へ入ると、会場内は真っ赤に染められていた。サッカー専用スタジアムという事もあってものすごくピッチが近い。ゴール裏1階はレッドデビルズの応援で総立ちになるはず。そこで試合を俯瞰で見ることのできる2階席へと移動した。日本のスタジアムでは通路からスタジアムへと移動するときはいちいちチケットの確認をさせられるが、あのうざったい行為は韓国では皆無である。ケンチャナヨである。
 試合時間まで時間があったのでソーセージをつまみにビールを飲んでいたらひざかっくんを見舞われた。緩慢に後ろを振り返ると延世大学へ留学中の約束すっぽかした友人が突っ立っていた。韓国が好きで好きで留学した友人としばし立ち話をする。
友人「最近鬱なんだよ」
江藤「なんで?」
友人「韓国がここまで勝ちあがってきたからね」
江藤「でも韓国のこと応援しているんじゃないの?」
友人「イタリア戦を見てがっかりした。やり過ぎだと思って。あの試合以来、ストレスで胃が痛いんだよね」
 友人ははっきりとは言わなかった。しかし体の変調が、FIFAワールドカップが韓国によって冒涜された事に対して抗議していることを物語っていた。そしてこう付け加えた。
友人「韓国にきて1年になるけど嫌いになった。こっちに留学しにくる人は、好きでくる人が多いんだけどみんな嫌いになるんだよね」
 ぼくは友人の韓国へ留学を知った時に、呉善花の著作などを引き合いに出して大丈夫なのかと尋ねた。友人は「彼女は偏った作品を書く人だから参考にならない」と言っていた。それから1年間、友人は現実の中に身を委ねている。親韓から嫌韓へ。現実とは厳しいものである。
 話はさらに横道にそれるが、韓国を知るときの日本人のステップについておもしろい表現があるので自分の例を引き合いにして紹介しよう。
 ぼくが韓国という国を強く意識したのは、某新聞社がすっぱ抜いた従軍慰安婦強制連行事件からだった。当時のぼくは韓国という国のことも近代史についてもほとんどまともな知識を持ち合わせていなかった。だから、日本はひどいことをしたんだと漠然と思っていた。ところがその後、従軍慰安婦に関するいくつかの文献を読むにつれて、従軍慰安婦が強制連行によって集められたという報道自体が虚像であるということがわかってきた。
 要するに某新聞社が強制連行説を捏造したということである。この新聞社は当初「日本軍が一般の人達を『強制連行によって』慰安婦にした」として日本政府を激しく攻撃していた。しかし、その主張は現在では「慰安婦に対する『強制性』が問題である」と著しく後退している。どこにも強制連行の証拠がないのである。ところが韓国ではこの新聞社の誤報により、ついには従軍慰安婦を性奴隷という極端な表現を使って教科書に載せてしまった。これは日韓関係を大きく損ねる大問題である。ちなみに国連までも動かした強制連行の誤報に対して、この新聞社は一切の謝罪も訂正もしてないのである。
 現在のところ、この新聞社の世紀の誤報により、日本軍のモラルは世界的に失墜し大きく国益を損ねる結果となっている。さすがにこれはケンチャナヨとは言えない。
 この新聞社は、常々国益を損ねる報道を行っているが、日本が貧しくなり学校へ行けない児童が生まれ始め、教育水準が下がると社会が混乱する、という事をどうやら想像できないらしい。また、日本がそうなることで新聞を読む人口が減るということを理解していないようだ。そもそも、過去これまでこの新聞社が行ってきた虚報によって、国益が損ねられてきたことに対して、日本国と傷ついた日本国民に対して謝罪と反省と賠償を求めたいと常々思っている。
 そんなことはさておき、ぼくは最初のステップでは韓国のことはほとんど何も知らなかった。そこから韓国を知る過程に入り、そこから韓国のわけのわからない要求に対して怒りを感じるようになり、そして諦めの感情が生まれ最後は放置する、というステップを踏んできた。
 2ch(www.2ch.net)という掲示板は皆さんご存知だと思うが、韓国に対する感情の変化を表したおもしろい表現というのは、この掲示板の中の「ハングル板」の中にあった。
無韓→楽観→知韓→怒韓→嫌韓→諦韓→避韓
 というものである。なかなかうまい表現だと思う。この変化の過程にもいくつかのバリエーションがあるが大体こんなステップである。たぶん、韓国初心者の皆さんは2番目か3番目のステップだと思うが、まだまだ先は長いのでがんばって韓国を極めてほしい。
 長い横道に入ったが話をサッカー(方面)に戻そう。試合後、イサイズライターの安田君と某サッカー専門誌の記者とばったり会った。ちょっと立ち話をしたが、今回の韓国の快進撃(?)の影響は今後数十年にわたって韓国サッカー界を悩ますのではないだろうか、という話をした。そして日本がFIFAワールドカップでベスト4入りするまでは、韓国人たちから自慢されつづけるだろうとも話した。まあ、後者は間違いなくそうなるだろう。
 彼らと別れた後、試合後のピッチに入れないかと門番のところに行って交渉していたら唐突にヒディンク監督が現れてあたりは騒然としはじめた。その喧騒の中門番を見たら、「中に入って写真を撮ったら本当にすぐに出るんだろうな」と言ってきた。「もちろんだよ」というと中に入れてくれた。ケンチャナヨである。パラグアイでは南米選手権前日のピッチに日本人としてはじめて足を踏み入れたが、そのカメラをすられて証拠写真がなかった。この日のこの写真は現像したら宝物にしよう。
 ヒディンク監督が向かって騒然とするレセプションルームから、日本人が食べ物を持って出てきた。入ってみるとドイツ人サポーターやボランティアが食べ物に群がっている。ケンチャナヨである。
 係の人に聞いたらビールが出てきた。ケンチャナヨである。
 ヒディンク監督が出ていったVIPルームに入ったら「MEDOC 1998」というフランス製のワインが残されていた。係の人を見てワインを指差したら親指を立てた。ケンチャナヨである。
 午前0時過ぎにスタジアムから出てシンチョンの宿に帰る。シンチョンというのは周辺に大学が集まる学生街である。午前3時ごろ町に出たらそこいら中で若者が「テーハーミングック!」の大合唱である。数千はいただろう。道路には切り刻まれた新聞が散乱し、花火の燃えかすが散らばり、通りに面した商店からは諦めの表情で従業員が喧騒を見ていた。狭い道路にはフロントガラスの割れたオープンカーに10人以上の若者が乗り込んで疾走し、サポーターの間を通る車は手のひらでボコボコボディーを叩かれていた。なんでもかんでもとにかくケンチャナヨだった。
 韓国代表は準決勝進出という望外の結果を残した。現在、その過程が問題視されているがそれは歴史には残らない。残るのは結果のみ。これくらいのパワーが発散されるのは当然だろうと思った。
取材/文・江藤高志@ふっとぼうず
6月24日
笑っていいともCM中
タモリ「ほんとサッカー好きだよね。やっぱワールドカップ全試合見てるの?」
清水「ええ。スタジアム行ったりとかスカパーとかでなんだかんだ全部見てますね。」
タ「優勝はどこだと思う?」
清「僕はブラジルだと思うんですけどね・・・韓国の存在はかなり恐いですけど」
タ「(少し間をあける)・・・あれさ、岡村も言ってたんだけど八百長じゃないの?」
清「あー、あれねー・・・。(ADに聞く)これCM中ですよね?はっきり言って審判韓国の味方しすぎですよ。スペイン戦なんてバレバレでしたよ。(客に聞く)ねぇ!?いやほんと・・・フィーゴやトッティがかわいそうですよ、それからラウールも。」
タ「そうだよねー。でもどこのテレビ局もおかしいって言わないよね。」
清「世界のサッカーのためにもはっきり言うべきですよ。」
タ「こういう時ちゃんと言わないと韓国ムチャクチャしてくるんじゃないの?」
清「次の試合も2人ぐらい退場するんとちゃいますか?」
タ「確かこの前の試合でも向こうの方が選手少なかったよね」
清「あぁ、イタリアとポルトガル戦ですね」
タ「まあ、あれぐらいしないと互角に戦えないんだろうね。」
清「ある意味平等ですね(笑)」
タ「(笑)」
CM終わり。

CM明け
観客「(拍手)」
タ「まあスポーツは公平でね」
清「ね」
観客「(笑)」
清「いいすよね」
タ「ええ」
清「韓国強いっすね」
タ「強い」
清「ひょっとしたら優勝までありえるかも」
タ「優勝するかもしれない。あそこまで行ったらドイツを負かすかもしれない」
清「そうです。怖いですね」
タ「韓国ーブラジルもあり得る」
清「うん。韓国ートルコになったらね、どうなるんでしょうね決勝戦ね」
タ「いや、どうもならない」
観客「(笑)」
清「いやいや、我々昔からワールドカップ好きな人間はちょっと何か違う、まあそりゃ頑張ったからしょうがないというか」
タ「イメージがね」
清「イメージ的にはちょっと想像出来ないなって感じですけどね」
タ「でもやっぱりアジアも頑張れば本場倒すこと出来るんだ」
清「うん」
真偽の程は不明です。生憎「笑っていいとも」見てなかったもので…(´ω`;)
【ワールドカップ紀行/馳星周 最新更新日時 2002-06-24 19:31】Number
 午前7時半起床。9時15分、家を出る。
 東海道新幹線こだまの発着ホームはエコパに繰りだす人で溢れている。臨時便もなく、1時間に2本の便ではそれも当然か。
 新幹線に乗りこみ、建築家を探す。どこにもいない。しばらくして、携帯電話が鳴る。
「馳君、どこにいるの?」
「10号車にいるよ」
「おかしいなあ」
「何時の新幹線に乗ってるの?」
「10時35分発のやつだけど」
「10時13分っていったじゃないか」
「あ、そうだった? ごめん」
 建築家はいつもどこかが抜けている。
 2時間弱で掛川に到着。小さな駅は人に埋もれている。2泊分の荷物を持っているのでコインロッカーを探すがどこにも見当たらない。ボランティアの人に訊ねると、コインロッカーはないので民間の手荷物預かり所を使ってくれという。おいおい、ワールドカップの開催地なんだろう、ここは?
 荷物を預け、30分遅れで到着した建築家と合流。建築家は自分のサッカー観戦仲間も大勢連れてきていた。駅近くの中華レストランで昼食をとり、スタディアムへ。
 シャトルバスは快適だが、バスの停留所からスタディアムまでが、遠い。こんな田舎(失礼)にスタディアムを作って、これはないだろう。エコパは、屋根は合理的だが、サッカーどころのスタディアムにしては陸上トラックもあって、減点20。わたしのエコパに対する印象は非常に悪い。
 端的にいえば、こんなところでワールドカップ開催するなよ、ということに尽きる。帰りも新幹線乗り場が混雑して大変だった。増便を出すか、「ひかり」を臨時で掛川にとめるべきだろう。
 スタンドは白と黄色の割合が7対3。わたしは当然ブラジルを応援する。実は、ブラジルもどうでもいいのだが。圧倒的な攻撃力は認めるが、組織皆無の守備はどうにかならんのか。それはともかく、イングランドだけは死んでも応援しないもんね、というのがEURO2000以降のわたしの基本的スタンスである。
 しかし、ブラジルの守備は酷い。守備なんかないといってもいいぐらいだ。ルシオの軽率なミスからオーウェンが先制。どうにもならん。がしかし、イングランドが先制した方が、試合は面白くなるというものだ。イングランドはフラット6と呼びたくなるような布陣を引いてブラジルの攻撃に備える。その超守備的布陣に、ロベカル、ロナウド、リバウド、ロナウジーニョが挑む図というのは、なかなかに刺激的だ。
 そもそもこの試合、わたしは、イングランドの素晴らしいふたりのセンターバック、キャンベルとファーディナンド、特にファーディナンドをブラジル攻撃陣がどう攻略するのかを見たくてたまらなかったのだ。
 イングランドディフェンスを崩したのは、ロナウジーニョ。それまで馬鹿の一つ覚えのようにドリブルでの中央突破をはかっては跳ね返されていたのだが、相手の一瞬の隙をついて、右サイドのリバウドにパス。これで、イングランドのディフェンスは完全に崩された。あれを決めるリバウドも凄いが、これはロナウジーニョの技ありだろう。
 この試合、ロナウジーニョの独り舞台だった。2点めは名手シーマンを嘲笑うかのような、ブラジル人にしか蹴れないFK。しかも、その後に一発退場のおまけつき。
 会場のモニタではリプレイされないため、ロナウジーニョがなにをしたのかがわからず、スタンドは騒然。あとでホテルのテレビの部屋でリプレイを見たが、あれで一発退場は厳しすぎる。いずれにせよ、またレフェリーが試合を壊してしまった。あのまま続けば、壮絶な打ち合いが見られたかもしれないというのに。
 ひとり減ったブラジルは攻撃をやめる。イングランドは攻めに転じるが、迫力がない。やっぱり、攻撃はベッカム頼みのチームだ。そのベッカムに覇気がないとなんにもできない。ブラジルは焦るイングランドを嘲笑うように、ボールをキープして時間を潰す。いや、ブラジル、凄いです。カウンターでロベカルがとんでもなく速いドリブルで駆けあがる。あと一手間でフィニッシュに結びつくというところでスローダウン。ボールを後ろにまわしてキープする。日本や韓国の選手だったら、血迷ってシュートを打っているぜ。大人だ。
 ブラジルの老獪さの前に、イングランドはなにもできずに敗退。グッドバイ、イングランド。ベスト8に進むことができただけで、君たちには御の字だろう。
 試合後、シャトルバスに連なる列に恐れをなしてタクシー乗り場へ。偶然、うじきつよしさんと出くわす。うじきさんとは、5月のUEFA杯決勝のロッテルダムで初めてお会いして以来、日本対ベルギーの埼玉など、スタディアムでばかり会う。トルコ戦のトゥルシエの不可解な采配の裏話など聞きつつ、タクシーを待つ。わたしは自分のホームページにトゥルシエの心理をからかいつつ推察した文章を掲載したのだが、それがあながち的外れでなかったことに驚く。ほんとに幼稚な人間なのだな、トゥルシエは。
 掛川駅前でうじきさんと別れ、建築家チームと合流する。昼飯を食った中華レストランで、今度は宴会。ネタは当然、サッカー話。大人のサッカー好きは「わかっている」から嬉しくなる。スタディアムで騒ぐだけでサッカーを見ていない若い衆とは違うから嬉しくなる。ビールと紹興酒に酔って、羽目を外す。
 午後8時、大阪に向かうために新幹線乗り場へ。東京行きのホームはまだ人でごった返している。静岡県民よ、日本のサッカーどころとして、恥ずかしくないのか。こんな貧弱な交通機関と宿泊施設しかないのであれば、潔く開催を諦めるべきだったのではないか。
 ホテルにチェックインしたのが午後10時半。くたくた。マッサージを頼み、ドイツ対アメリカ戦のダイジェストを見る。
 それにしても、今大会は「当たり」の試合に出くわしていない。フランス大会では、準々決勝のオランダ対アルゼンチンから、俄然、面白くなったのだが。明日のセネガル対トルコ、もしくは準決勝のブラジル対セネガルに期待するしかないか。韓国人はすでに、スペイン対アイルランド、韓国対イタリアという素晴らしい試合を堪能しているというのに。これも、サッカーに対する姿勢の違いに、サッカーの神様が断を下した結果かもしれない。
 日本人はイングランドとイタリアのユニフォームを着るが、韓国人は、開幕戦のフランス対セネガルの試合で、セネガルのユニフォームを着てセネガルを応援した。この違いなんだよな。まあ、彼らもフランスが負けるとは思っていなかったからこそのセネガルだったのではあろうけれども。
馳星周のこのコラムのお陰で、私は気付くべき事に気付く事ができました。一応礼は言っときますよ、馳さん。
ただその上で、「貴方の観察は間違っている」と言わざるを得ません。それは他の所に書きましたが。
【宇都宮徹壱の「日々是世界杯」6月24日(月)クァンジュ〜ソウル――くもり時々あめ これぞまさしく「ウリナラカップ」 】スポーツナビ
■この大会は「FIFAウリナラカップTM」である
 クァンジュから明日の準決勝が行われるソウルまでバスで移動。およそ4時間の旅程であったが、バスの旅もなかなかに快適である。車窓に映るみずみずしい山川草木(さんせんそうもく)を眺めながら、私は「開催国・韓国」について思いをめぐらせてみる。
 私は今、この国が醸し出す空気に、どうしようもない違和感を覚えている。ほんの3週間前、すなわち大会開幕当時に抱いていた印象とは明らかに異なる空気が充満していて、私には実に居心地が悪い。
 念のため申し上げておくが、私は韓国が決して嫌いなのではない。むしろある部分では好感すら抱いている。「韓国(人)の優れたところを述べよ」と問われれば、いくらでも挙げることができる。すなわち、親切で情に厚く、ホスピタリティにあふれ、礼節を重んじ、勤勉かつ努力家で、大らかで親しみやすく、常にポジティブ思考で、誇り高く、そしてサッカーが強い……これほど日本にとって、競い合うにふさわしいライバル国がほかにあるだろうか。
 だが、今回のワールドカップにおける、この国のありようについては、私はただただ眉(まゆ)をひそめるばかりである。それは、私が日本人だから、ではない。サッカーを、そしてワールドカップを愛しているから、である。当初、韓国のグループリーグ突破に拍手を送っていた世界中のサッカーファンも、ここにきて「アジアでの空騒ぎ」に辟易(へきえき)しているのが実情であろう。
 私は、できることなら韓国のベスト4進出に、隣国のライバルとして、そして同じアジア民族として、心からの賞賛と祝福を送りたいのである。しかし、どうしてもそれができない。その理由は明白である。
 まず、韓国が勝利したゲームには、少なくとも決勝トーナメントにおいて、FIFAですら認めざるを得ない不可解な誤審が多発していること。一方で当の韓国は、その事実を認めようとはせずに、ただ無邪気に祖国の勝利に酔いしれ、あまつさえ敗者へのいたわりや思いやりが著しく欠如していること。そして極め付けが、この大会を「世界のサッカーファンのための祭典」としてではなく、あくまで「自分たちだけの大会」さらに言えば「国威発揚の場」としかとらえていないことである。
 これはもはや「ワールドカップ」ではない。今すぐ「FIFAウリナラ(祖国)カップTM」と、大会名称を改めるべきであろう。
■私は「ワールドカップ」が見たいのだ!
 私が、今回の韓国で行われているこのイベントを「ウリナラカップ」と評しているのは、皮肉でも何でもない。まぎれもない事実である。
 今、韓国では、これまで連綿と受け継いできた美徳を押しのけるかのように、「勝てば何でも許される」という思い込みが国民の間でまん延しているように思えてならない。当地のテレビを見ていると、その傾向は顕著である。
 一例を挙げよう。韓国の某局では、「イタリア戦勝利を振り返る」という番組主旨のもと、試合を実況していたイタリア国営放送・RAIのアナウンサーの落胆振りを長々と放映し、彼らを笑いのネタにしていたのである。
 それだけではない。同局は敗戦後のイタリア・サポーターにも「今日のゲームをどう思いますか?」などと、執拗(しつよう)にマイクを向けていたのである。
 ほとんどのイタリア人は取材拒否。当然だろう。何とか仕事をやりくりして長い休暇を取り、決して安くはない渡航費を払って韓国にやってきて、結果あのような試合を見せられたのだ。そんな絶望のふちに立たされた人々に、「今日のゲームをどう思いますか?」はないだろう。この仕打ちは、犯罪被害者に対して無遠慮にマイクを向けるワードショーの記者と同じくらい、デリカシーを欠いた行為であると言わざるを得ない。
 くどいようだが、今大会における韓国の果たした快挙については、できることなら私も素直に評価したいのだ。しかしながら、彼らが自分たちの躍進に酔いしれるあまり、勝利に対する謙虚さも、敗者に対する礼節も、まったくと言ってよいほど見失ってしまっている現状については、私はただ戸惑うばかりである。
 それが端的に現れたのが、先のスペイン戦である。試合終了後、韓国の選手たちは、120分死力を尽くした相手に対して、何らいたわりや思いやりの気持ちを見せることなく、ただ自分たちの勝利に有頂天になっていた。
 望外のベスト4進出に狂気乱舞するのは、ある意味でもっともなことだとは思う。しかしながら、サッカーという競技は相手チームがあって初めて成り立つ競技であることを、ゆめゆめ忘れるべきではない。
 ゲームが終われば、そこには必然的に勝者と敗者がいる。そこに互いの健闘をたたえ合う姿勢がなければ、そして、サッカーの神に対する感謝の気持ちがなければ、もはやそれは「サッカー」でもなければ「ワールドカップ」でもない。
 そう、これぞまさしく「ウリナラカップ」である。
 結局、スペインの選手たちは、プジョルを除いてだれ一人、韓国の選手たちとユニホーム交換をすることなく、ピッチを去っていった。サッカーを愛する者として、何ともやり切れない思いばかりが残る。
 私は「ウリナラカップ」が見たいのではない。「ワールドカップ」が見たいのだ!
■「韓国・3位決定戦へ」というシナリオ
 ここで、サッカーを心から愛する皆さんに、ささやかな「朗報」がある。
 私は、この「FIFAウリナラカップTM」は、おそらく6月29日で閉幕すると予想する。つまり、韓国代表は30日に「横浜にはやってこない」ということである。
 このような確信に至る根拠となったのが、先日の韓国・KBSのニュースである。そこでは、韓国代表の「祝勝パーティ」の様子が報じられ、選手一同が無礼講で、ケーキをつかんで投げ合っている光景が映し出されていた。あの聡明(そうめい)なホン・ミョンボまでもが、喜々としてケーキを投げている姿にはあぜんとさせられたが、ここで重要なのは、彼らが準決勝を控えたこの時期に、あえて「祝勝パーティ」を行ったという事実である。
 つまり、こういうことだ。ベスト4進出を果たした時点で、彼らのミッションはほぼ達成されていたのである。次のドイツ戦は、言うなれば「おまけ」のようなもの。むしろ彼らにとっては、29日に行われるテグでの3位決定戦で(おそらくはトルコに)勝利することの方が、より重要であるように思えてならない。
 そこで私が想像するのが、彼らにとって最も理想的な「祭りの終わらせ方」である。
 彼らにしてみれば、「決勝進出」というシナリオは魅力的ではあるものの、決して得策ではないはすだ。多くの日本人の目の前で、韓国がブラジルに大敗するような事態となっては元も子もないからだ。ついでに言えば、準決勝でまたしても「誤審騒動」が起こり、次回開催国であるドイツとの関係が険悪になることも、彼らはきっと望んではいないだろう。
 となれば、自国での3位決定戦こそが「ウリナラカップ」のクライマックスであり、そこで有終の美を飾ることこそが、彼らにとって最高のハッピー・エンドとなるはずだ。翌日の横浜での決勝については「どうぞご勝手に」というのが、実際のところ、彼らの本音ではないだろうか(繰り返しになるが、もはや彼らには「共催」という概念はない)。
 もちろん、このような予定調和が、世界が注目するワールドカップの舞台において許されるはずもない。私自身、このシナリオが単なる妄想に終わることを切に願っている。
 しかしもし、私の予想が現実のものとなったとしたら――私たちは、2002年のワールドカップが本当に、世界のサッカーファンのための祭典だったのか、あらためて検証する必要に迫られるだろう。
 何はともあれ、明日の韓国とドイツとの一戦は、さまざまな意味で要注目である。
6月23日
【今サッカーが汚されている】Field of marine dreams by:吉川 学
date:2002 年 6 月 23 日( 日 )
韓国はスペインをPK戦の末破り、ベスト4へと進出した。日本のマスコミはこの事実をただ無邪気に喜び、報道するだけだ。 この試合にも明らかな誤審が数多くあった。それはイタリア戦と同様、韓国にとって有利になる判定ばかりであった。後半から奇妙な判定が続出するのも同じである。                                                                  
試合を観ていた人ならお分かりだろう、スペインは得点を2点取り消されている。
 後半3分、ルーベン・バラハのヘディングシュートはキム・テヨンの背中に当たりゴールに入った。しかし、その前に笛が吹かれていたのでノーゴールの判定となった。主審はイバン・エルゲラのファウルを主張した。
 どう見てもこの場面、エルゲラはファウルになるほどの反則を犯してはいない。エルゲラは試合後も審判に抗議し、それをバラハが両手で押さえていた。悲しい光景だ。
 延長前半1分、ホアキン・サンチェスがライン際に切れ込んで上げたクロスをフェルナンド・モリエンテスがヘディングでゴールを決める。しかし、ホアキンがクロスを上げた時点でボールがラインを割っているという副審の判定が下された。
 この場面でも、明らかにボールはラインを出ていない。「きわどい判定」とかそういうレベルではなかった。絶対的に、ボールはラインを超えていない。
 PK戦においてスペイン4人目のキッカーであったホアキンはシュートを止められた。しかし、韓国のGKイ・ウンジェは、ホアキンが蹴るより先に前に出ていたのだ。これは反則でやり直しをしなければならないはずだ。だが当然(?)そのような判定にはならなかった。
 他にもスペインのパスはことごとくオフサイドを取られる。全くオフサイドラインを超えていないにもかかわらずだ。これでは攻撃などできるはずがない。
 ポルトガル戦では2人が退場、イタリア戦ではトッティが退場。必ず韓国にとって厳しい時間帯に相手選手が退場している。韓国の試合に限って「不可解な」、そして「韓国に有利な」判定がなされている。
 このことを日本のマスコミはほとんど報道しない。たぶん一種の報道管制が出ているのだと思う。少しでもサッカーを知る人ならば韓国の試合に違和感を覚えるはずだ。しかし、残念ながら、日本の新聞では小さな文字で「微妙な判定にスペイン泣く」と書かれるくらいだ。
 モリエンテスの涙を、抗議するエルゲラの姿を見てそれしか書けないとは、「お前等は本当にサッカーを愛しているのか」と聞きたい。
 イタリアの選手による判定への非難の声も、日本では”負け犬の遠吠え”程度の扱いだ。
 彼等はセリエAやリーガ・エスパニョーラでプレイする一流選手である。正々堂々と戦い、負けたのならば泣き言などいわないはずだ。
 スペインの選手と監督のコメント、そしてトルコに敗れたセネガルの選手と監督のコメントを比べてみよう。
 モリエンテス―
「2度もゴールが認められないなんて。僕は親善試合の話をしているんじゃない。これはW杯の準々決勝なんだ」
 ホセ・カマーチョ監督―
「今日の判定にはうんざりした。素晴らしいパフォーマンスも台無しだ。このような準々決勝では、審判がもっと公正な判定を下すと思っていた。試合は審判で左右されるものではないはず」
 セネガル、FWエル=ハジ・ディウフ
「トルコにチャンスと運が多かった。これからも同じ精神でがんばるだけだ」
 DFラマン・ディアッタ
「このチームは進歩した。もっと進歩できる。今は家に帰りたいね」
 ブルーノ・メツ監督―
「選手たちの活躍には本当に脱帽だよ。彼らは選手としてだけでなく人間としても非常に素晴らしい。本当によくやった選手たちを誇りに思うし、このチームを指揮できたことは実に名誉なことだ」
 スペインにもイタリアにも、気持ちのよいW杯であってほしかった。最高の選手が揃っていたのだから、審判さえまともならば遥かに質の良い試合が観られたはずだ。そして負けたにしても不満など残さなかっただろう。
 イングランドの選手がブラジルに負けて一人でも愚痴をこぼしただろうか。みな死闘を演じたことに胸を張って帰って行った。
 ベッカムがロベルト・カルロスと抱擁し、ユニフォームを交換したときに言った言葉は、
「いつも尊敬している」
 韓国の選手とイタリア、スペインの選手の間には抱擁はおろかユニフォームの交換さえなかった。
 あなたはこれでも”アジア初のベスト4”を手放しに賞賛するのだろうか。
 はっきり言って今の韓国の状況は異常だ。サッカーが汚されている。
 (当サイトは主にプロ野球を扱うサイトですが、しばらくはサッカーについて書きたいと思います。上にも書いたように日本のマスコミは共催国ということもあるのか、この不自然な出来事の多くを十分に報じてはいません。当サイトでは微力ながらできる限りを取り上げていくつもりです。
 賛成でも反対でも何か思うことがありましたら、掲示板にでも書き込んでいただけたら嬉しいです)
【カルチョ・談ゴロ】第66回  優勝候補敗退の原因は? by Kazufumi Yoshida
 ワールドカップでは準決勝進出チームが出揃おうとしているが、今回の大会の大波乱を受けてヨーロッパではちょっとした議論が起きている。それは幾つかの要素が敗退したチームに大きく作用したのではないか?というもの。
 フランス、アルゼンチン、ポルトガル、ナイジェリア、クロアチアという有力チームが1次予選で姿を消している現状は、これまでのワールドカップの歴史を紐解いてみても異例な現象だ。ただフランスなどの有力チームを敗退に追いやった相手が、プレー面で敗退したチームを上回っていたのも事実。
この有力チームの敗退を嘆く今回の声を聞いていて興味深いのが、有力チームの敗退を惜しむ声は敗れた国ではなくまだワールドカップに残っている国から起こっていること。決して負けた国からの負け惜しみではないのだ。
 ドイツはその快進撃とは裏腹に相変らずのパワーサッカーで勝ち上がっているため、ドイツとの対戦を避たく思っている国は多いものの、「レベルが高いサッカー」という評価は受けていない。そのドイツの大御所で70年代の名プレイヤー、フランツ・ベッケンバウアーは自国の代表チームを応援しているものの他国のテクニック溢れるプレーをもっと期待しているようである。
ベッケンバウアー
「今回のワールドカップでは多くの有力チームがグループリーグで姿を消した。彼らはピッチで精彩を欠き、戦う意志があまり無いようだった。明らかに選手達は疲れきっている。国内リーグに加えて多くの選手たちはチャンピオンズ・リーグでプレーした。年々、チャンピオンズ・リーグの日程は試合数の増加により過密になっている。主催者側とFIFA(国際サッカー連盟)は早急に手を打たないと、ワールドカップで素晴らしいプレーが見られなくなるだろう。」
 ベッケンバウアーはバイエルン・ミュンヘンの会長としてトラパットーニ(現イタリア代表監督)をバイエルンの監督に招聘した事もあり同監督の手腕を評価している人物だが、今回のイタリアの不調に関しては監督の責任ではないと考えている。
「個人的にはイタリアのトッティに期待していたんだが、今のところ期待外れに終わっている。フランスのMFヴィエイラといい、今回私がした予想はことごとく裏切られているんだ。イタリアが低調な試合に終始しているのはトラパットーニ監督の責任ではない。選手が問題なんだ。多くの選手が期待を裏切っている。ただ、イタリアは多くのゴールを上げて決勝トーナメントに進出したから、まだまだこれからだよ。ドイツの可能性? これまでのワールドカップでブラジルとは一度も対戦していないから、是非、今大会の決勝で対戦してもらいたい。ただ優勝となるとブラジルとイングランドが有力なのではないか?」
 さて、話は戻って今大会の特別な状況についてに目を向けてようと思う。ただ、その前に外的な条件がどこまで試合結果に作用するかという事に触れてみたい。
 例えば雨の中での試合では、両チームに高いレベルの技術が求められる。その状況下でボールが扱い難いのは両チームにとってお互い様なのだが、実際には戦力面で優勢に立っているチームがこの悪条件から被害を被る事の方が多い。それは雨で濡れたピッチでドリブルやショートパス、ボールに回転を掛ける事が制限され、本来であれば相手に対して優位に立つ技術・組織面の長所を抑制されてしまうからだ。
 今回のワールドカップでは2〜3の特別な条件があるが、そういう状況下ではロングボールを多用した試合が多くなり、ゴール前での混戦の勝敗が試合を決める事が多くなる。
 こういった原因が全てのサッカー大国を葬ると言うわけではないが、確実に番狂わせを増やしているのは確かだろう。強豪ともなれば多少のハンデは克服するが、マイナスに働く条件が1つではなく2つ、3つとなるとさすがのサッカー大国も困難に陥る。
では今回の悪条件とはなんだろうか?
・アジア独特の高湿度
・特殊な試合球
 高い湿度の下では体力の消耗が早くなるが、日本と韓国が梅雨入りしているこの気候は外国の選手にとってはかなり辛い。そういう環境の中で普通は運動量を減らしボールの動きを多くするのだが、今回はピッチの状態と共に試合球にも問題がある。大会が始まる前にこの試合球は各国に配られていたが、その時点で既に不評の声が多く挙がっていた。
 この試合球、イタリアでも詳しく取り上げられたが、アディダス社はイングランド代表のベッカムに開発に参加してもらい、公式規定の範囲内で最小の直径、最大の重さの設計をしたらしい。空気抵抗が少なくて重さがあれば良く飛ぶという事は、ゴルフボールを想像してもらえればよく判ると思う。
 アディダスの開発担当者は「ボールに力が良く伝わる」ことをセールスポイントに挙げていたが、各チームから出ている不満に共通するのはまさにこの点で、皆が「飛び過ぎる」と感想を述べている。
 先日のイタリア対メキシコ戦でもトッティとモンテッラがコーナーキックを蹴った際に通常では考えられないミスキックをして、ボールは逆サイドまで飛んでいった。これは彼らがボールに回転を掛けようとボールの脇を蹴った力が、縦方向にまともに作用して遠くまで飛んでいってしまった為だ。また、浮き球がそのままバウンドする際も心なしか大きく跳ねているようである。
 イタリア代表のFWヴィエリは条件の悪さをハッキリと語っている。
FWクリスティアン・ヴィエリ
「信じられない程の暑さと湿気、そして信じられない程の線審のレベルの低さ、極めつけは奇妙な試合球だ。メキシコ戦で最終ラインを突破したオレがシュートを撃てない場面があったが、あの決定機を外したのはボールが信じられない跳ね方をしたからなんだ。自分のコントロールミスならハッキリそう言うよ。でも違うんだ」
 また、フランスやアルゼンチンが姿を消していく中で、イタリアのサッカー番組では多くの評論家がこの状況を嘆いている。決勝トーナメントでドイツがパラグアイを相手にパッとしないサッカーを展開し試合終了直前に決勝点を挙げた試合を、イタリア人は淡々と受け止めている。
「ドイツが終盤に目を覚めして勝ちました。戦術的にも後手後手に回っていたし、テクニックの面でも特筆すべきものはありませんでしたが、まあ、しょうがないでしょう。こういう勝ち方もあります。ワールドカップを見ている人達は想像力溢れるプレーを期待していますが、それが出来る選手たちは既に本国に帰国してしまっているからしょうがないですね。(イタリアのサッカー番組より)」
 決勝のカードはどういった組み合わせになるのだろうか?
6月20日
【”韓国8強”を手放しで喜ぶ前に】by:吉川 学
date:2002 年 6 月 20 日( 木 )
「テ〜ハンミングッ(大韓民国)」の大合唱が響き渡る大田(テジョン)スタジアム、日本代表がウミト・ダバラのゴールに屈した日、韓国代表はイタリア代表に勝利した。この試合を日本のマスコミ(韓国のマスコミはもちろん)は、”奇跡の勝利”であったり、”脅威の粘り”といった見出しを付けて報道している。テレビの解説者が発する言葉は韓国代表を称賛する言葉のみ、いつもの辛口はどこへいったのだろう。          
韓国代表の試合内容は素晴らしかった。超強国相手に一歩も引かない攻撃的なサッカーを展開していた。それはスペクタクルで、観ていて羨ましくも思った。日本もこんなサッカーができたら楽しいだろうなと。
 しかし、この試合の結果を決定付けたのはピッチにいた選手たちでも、監督の采配でもなかった。
 審判だった。
 これは事実として認識しなければいけないことだ。これは韓国代表のプレイの価値を下げるものではない。ただ、正当な判断に目を背けてはいけないのだ。
 試合をジャッジしたエクアドル人のモレノ審判は、W杯の主審を務められる力量を持ち合わせていなかった。
 前半4分、パヌッチがソル・ギヒョンを倒したプレイがPKと判定されるなら(この判定ももちろん疑問だ、あれくらいの競り合いは常にあって、それを毎度PKにすることなどできるはずがない)、なぜ延長前半13分にトッティがソン・ジョングッに足をかけられたプレイがシミュレーションになるのだろう。しかも、この判定はプレイ地点から50mも離れた場所からなされた。
 さらに主審はトッティに1枚イエローカードを出していたのを忘れていた素振りがある。韓国の選手に促されてようやくレッドカードを掲げたのだ。
 それでも前半のジャッジはまだ公平さを保っていたといえる。しかし、後半に入り、そして試合が進むに連れ、主審の服は黒から赤へと変わっていったのだ。
 後半4分、ペナルティーエリア内でボールをキープしたデルピエロはボールをカットされた後、キム・テヨンの肘打ちを顔に受けた。明らかなファウル、PKの判定が妥当でありすでに1枚イエローをもらっているキムは退場がやむを得なかった。
 だが判定は、デルピエロのファウル…。韓国にフリーキックが与えられた。
 後半33分、ドリブルで2人3人とかわしゴールに突き進むトッティはペナルティーエリア前で体を入れられ倒された。誰が見ても分かるイエロー覚悟のファウルだ。このマラドーナを彷彿させるようなトッティの輝きにも審判は笛を吹くことさえしなかった。
 そして、延長戦でのトンマージのゴールはオフサイドとなった。
 この他にもきわどいファウルを取られるのはほとんどが韓国の選手であり、それに抗議したザネッティはイエローカードの対象となった。
 審判は会場の雰囲気に呑まれ、正常な判定を下すことができなかったのだろうか。それとも開催国の1国を残すため最初から意図してした判定なのだろうか。
 試合後の怒り収まらないトッティのコメントは―
「試合前に挨拶に行った時、審判はオレたちと話そうとしなかった。あいつらはきっと全部分かっていたんだ。こんなスキャンダラスな試合は初めてだ」
 パヌッチのコメント―
「この試合で起こった事はマジで恥さらしだぜ。オレたちに不利な何かが存在してた」
 怪我でこの試合に出場できなかったネスタのコメント―
「何年も準備してきたものが台無しにされた。イタリアを満足させるために集まった僕らはとても団結していて、決勝まで行けると信じていた。この敗退を自分に納得させるのは難しすぎる。少なくともヨーロッパ選手権ではピッチの上で負けた。コッリーナはすごいよ。2つの試合を完璧にジャッジしたのだから。けど僕らの試合を担当した審判はどうだい? 4試合で4ゴールを取り消された。もちろん全てが審判のせいではないけど」
 確かにパヌッチはミスをしたし、マルディーニはアン・ジョンファンを防ぐことができなかった。
 ボールをキープすることができて、守備にも貢献していたデルピエロを後半16分で交代させた采配にも疑問符が付く。
 しかし、あまりにも、あまりにも無念なイタリアの敗退。
 僕はイタリアのファンだ。だからといってこれはひいき目で書いているのではない。
 韓国の勝利は本当に素晴らしいと思う。アジアのサッカーにとって大きな意義のある1勝だった。
 ただ、スタジアムの狂乱とも言える雰囲気、またその後の勝利を讃えるだけの報道の中で、多くの人が見過ごしているかもしれない事実がある。人によっては聞きたくないという方もいるかもしれない。しかし、この試合にキナ臭い何かが漂っていたということを頭に入れる必要はあるのだ。
 今イタリア国民は怒りに震えている。それを考えると日本の敗戦もまだ救われたものとさえ思えてくる。

【日本敗退−トルシエの心理を推察する】by:吉川 学
date:2002 年 6 月 20 日( 木 )
 W杯を自国で開催することほど国を熱狂させるものはない。この半月は紛れもなく至高の熱狂が日本を渦巻いていた。 アルゼンチン、フランスが予選敗退するなか、決勝トーナメントに進んだという結果は世界に誇れる。人々の記憶に永遠に残るだろう4試合。平凡に過ぎる毎日の倦怠感、それに伴うさまざまな悩みや心配事、そうした日常を全て忘れさせるほどの時間だった。
 0−1、日本敗戦。結果に対してではない、選手たちに対してでももちろんない。この試合後、おそらく観た者の多くが感じただろう微かな違和感、燃え尽きることなく不完全燃焼のまま試合が終わったという一種の後味の悪さはなんなのだろう。
 トルシエ監督はトルコ戦において過去試したことのない布陣を敷いた。西沢の1トップ、2列目に中田と三都主。なぜ今までの3試合で活躍していた鈴木と柳沢を代える必要があったのだろう。他の出場国でこんな選手起用は見たことがない。
 チュニジア戦では森島を投入し、1トップ気味にしてから流れがよくなり得点できた。それを引き継いだ1トップなのだろうか。いや、トルシエ就任以来の日本のベースは3-5-2。1トップはあくまで状況に応じたオプションのはずだ。
 仮に鈴木と柳沢の2人が試合に起用したくないほどコンディションが悪かったとしても、システムまで変更するのは疑問だ。しかも、それは一度も試したことがない布陣である。
 どこか選手達の動きがぎこちなかったのは雨のせいだけではなかった。先取点につながったシーンや、その後も続いた過去3試合には見られなかったような苦しいプレーの数々。それはこの衝動的になされたかのような采配が招いたものだった。後半開始時に2人の交代枠を使ったことからでもそれは明らかだ。
 その犠牲は稲本と三都主、極限状況における戦いでは大き過ぎる代償だった。
 なぜ指揮官はこの客観的に見たら無謀とも言える采配を為したのだろうか?
 邪推してしまう。
 予選リーグ2勝1分けという輝かしい戦績に対し、選手はもちろん監督自身も国民とメディアに称賛された。(「神様トルシエ様」という見出しを付けたスポーツ紙もあった)
 選手としては芽が出ず、若くして監督となり、フランスの小さなクラブチームからアフリカに渡って、そして日本にやってきた我らが将軍。彼は今までの人生に置いて、これほど褒め称えられたことはないのではなかろうか。
 彼は思う、遂に自分はここまで来た、と。W杯ホスト国で最も尊敬を受ける人間になったのだ、と。
 人は誰もが満足することを知らない。決勝トーナメントに進出したら、次はベスト8、そしてベスト4を僕らが期待するように、指揮官もまた思うのだ。更なるより高い名将の誉れを得たい、と。
 奇策であるほど成功したときの評価は高い。そして、最低限のノルマを達成したという安堵感、この”新布陣”で勝利を得たときの自身の高み。保身の保障、功名心、誰しもが持つ負の感情であり、弱さがトルシエの心の片隅に芽生えていたのではないか。
(日本は強い…。トルコには2人の出場停止選手がいる。不慣れな位置に選手を配しても、三都主の突破力・西沢のポストプレーの実力を考えれば…)
 就任から3年10ヶ月、自らの経験と情熱の全てを懸けて育て上げたチームは、自身の弱さに屈した。そうだとしたら何て皮肉なのだろう。
 1999年−ワールドユース準優勝、2000年−シドニーオリンピックベスト8、2001年−コンフェデレーションズカップ準優勝、そして、2002年−ワールドカップベスト16。
 優秀な監督だということはこの結果が示している。
 私はトルシエが好きだ。自分の近くにいたら嫌いになるかもしれないが。
 意志の強さ、妙に戦闘的なところ、ユーモアとエスプリの効いたコメント。そして肝心なところで見せる弱さも。
 たぶん自分に刺激を与えていないと気がすまない人間なのだと思う、だから必要以上に敵を作るんじゃないかな。
 トルシエはもう日本代表の指揮を執ることはない。これは必然だ。そうでないと次のレベルへ向かえない。そして、後任者と比べたときまた判明するトルシエの評価が楽しみだ。
5月8日
【日本のジャーナリズム】馳星周公式サイト
 またもやスペインにいる。この文章を書いている三時間後に、レアル・マドリード対日本代表戦がある。それを観るためにやって来たのだが、しかし、日本からのメディアの数が常軌を逸している。マドリー側の態度は「これは創立百周年を記念したお祭りの一環である」ということに尽きる。トルシエも昨日の記者会見で「明日の試合はフェスティバルのようなものだ」と断言した。
 マドリーは主力メンバーの大半が出場しないし、日本だって中田も小野も中村も出ない。こんな試合に、なにが悲しゅうて二百人を越える報道陣が集まらなきゃならんのだ。しかも、旅行代理店の金儲け策にまんまとはまって、マドリード郊外のとんでもない田舎のホテルに押し込まれながら、だ。
 このウェブに来てくれる人間にだけこっそり教えるが、日本のメディアって本当に馬鹿ですぜ(W杯に関する余録を狙ってテレビにほいほい出ているわたしがいうのもなんだが。ま、作家なんてそんなものということでご勘弁)。こんな連中が「メディア規制法案反対」なんて訴えても、説得力なんてひとつもない。
 選手への取材も、ミックスゾーンというところで行われるのだが、数少ない選手に二百人もの報道陣がハイエナのように群がるのだから、まともな取材などできるはずもない。半数以上の記者は、選手の取材に成功した記者から話を聞いて、それを原稿にする。つまり、だ。また聞きしただけにすぎない話を記事として乗っけるわけだ。これはジャーナリズムなどでは断じてない。
 報道陣が選手に襲いかかっている間、わたしは少し離れた場所で、サッカーライターの杉山茂樹さんと談笑していた。晩飯になにを食うかを相談したりしていた。阿呆な報道陣とは違って、我々はサンティアゴ・ベルナベウから徒歩三分の素敵なホテルに滞在していたりする。周囲にはうまいレストランが腐るほどある。治安も、マドリードの中心部に比べてすこぶるいい。阿呆なメディアの人たちは、バスに揺られて小一時間、ホテルについても周囲にはろくにものを食べるところもないというところで空腹をかこつのだろうがねえ。
 普段からたったひとりでヨーロッパを歩きまわり、まっとうな仕事を続けている杉山さんは選手に群がるメディアの人間に激怒していたが、気持ちはよくわかる。
 だいたい、こういう試合に二百を越える報道陣が集まって、しかし、日本がW杯で惨敗したらどうするつもりなんだろうか。その兆候は充分にある。トルシエのフラット3は弱点だらけのシステムなのだ。ヨーロッパじゃ子供でも知っている事実だ。3バックシステムは4バックシステムと極端に相性が悪い。そのことは、3バックのチームが多いセリエAのチームが、ここ数年、チャンピオンズリーグなどでまったく上位に進出できなくなっていることで証明されたわけだ。
 ベルギーもロシアもヨーロッパの国だ。彼らは3バックの弱点を熟知している。実際、ベルギー代表は日本との対戦を頭に入れているとしか思えない4バックシステムを導入した。手抜きのスロバキア相手にあれだけ手を焼いたチームが、日本対策を万全にしてくるベルギーやロシア相手に快勝できるとは思えない。
 そういう現実を取材し,分析し、発表するのがよりよきジャーナリズムのあり方ではないかよ。3バックに固執するトルシエの監督としての適性を「トルシエ・ニッポン」などという馬鹿げた応援をするサポーターに訴えてみるのが正しきスポーツジャーナリズムではないのかよ。
 日本のメディアは、フーリガンのことを大仰に報道する。しかし、日本がベルギーとロシアに連敗したら、わたし自身がフーリガンになるぞ。おい。暴れるさ。決まってるだろう。日本サッカー協会とトルシエを血祭りにあげてやらねば気が済まないではないか(そこまではしないけどね。でも、言葉の暴力は向けるかもしれない)。金儲けにだけ奔走して、現実を知らせようとしなかったジャーナリズムに牙を剥きたくもなろうというものじゃないか。
 個人的にはいわゆる「メディア規制法案」には反対だが(しかし、国が破滅しかかってる、あるいは自身が破滅しかかってるってのに、こんな法律作ってる場合かね、小泉)、テレビや新聞が偉そうに反対キャンペーンを張っている姿を見ると、鼻白む。その前に、おまえら自ら襟を正せよ。ジャーナリズムの仕事をまっとうしろよ。その上での言論統制反対だろうに。
 警察の発表を鵜呑みにして裏づけ取材もせずに記事を書き、ニュースを垂れ流し、無実の人間を苦しめたいくつもの事例、他の人間のことは知らないが、わたしはしっかり覚えているぞ。
いや〜私もフーリガンの来日には警戒していたクチですがね。まあ結果的にそれは杞憂に終わったわけで、彼らの良心を疑った事は申し訳ないと思いますがね。警戒しちゃそんなにイカンのですかね?無警戒のところを暴れられたらシャレになってなかったと思うんですけど。大体あんた自身「日本が負けたらフーリガンになる」つってんじゃん。舌先も乾かぬうちに何掌反してんだか。
マンセーするばかりがジャーナリズムじゃあない。それはあんたの言うとおりだ。しかし批判するばかりがジャーナリズムでもないのだよ。ていうかそんなに卑下するもんでもなかろう、3バックシステムは。
不明
【ワールドカップ、日本・チュニジア戦にむけて】
『盗まれたワールドカップ』のアベランジェ氏批判
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 ワールドカップの主催者 FIFA を批判する『盗まれたワールドカップ』という本を読みました(詳細は下記)。
 1998 年までの 24 年間 FIFA 会長の座にあり、ブラジル諜報機関のメンバーでもあったアベランジェ氏(写真:右下)を告発した本です (p. 377) 。
 告発されている腐敗の一つとして、
「方々から賄賂のような金を受け取って私腹を肥やし、その賄賂の見返りとして、ワールドカップの試合に手心を加えさせた」
 という行為が挙げられます。
 「手心」は、特にワールドカップを主催したホスト国チームに有利に加えられました。ホスト国は優勝することも多いので、「手心」はもちろん決勝戦でも活用されています。
 例えば78年アルゼンティン大会でのアルゼンティンチームにはこんな「手心」が加えられました。
 まず審判の買収 (p.199-202) 。
 アルゼンティン選手が加えたファールには大方眼をつぶる。しかしアルゼンティン選手に対するファールは厳しく取り締まる。
 アルゼンティン大会で確認された不正はこれに止まりません。
 アルゼンティンの対ペルー戦を巡る取引はさらにすさまじいものでした。
 この試合にアルゼンティンは4点差をつけてペルーに勝たなければ、予選を通過できず、本大会に進めない、という状態にありました。しかも下馬評ではペルーがアルゼンティンを下す可能性さえ低くない、と言われていました。この段階で、要するに、アルゼンティンは予選通過がほぼ不可能となったのです。
 そこでペルーチームの大規模な買収が行われました (p. 204-205)。
 んなアホな、と思われるでしょうが、その実体は、アルゼンティンのジャーナリスト、マリア・ラウラ・アビニョロ氏によって暴露されていますし、著者も独自取材で裏付けとなる情報を得ています。ただしこの真実が明かされるまでには、8年の歳月が必要とされました。
 さて買収の中身ですが、
・3万5千トンの穀物
・ペルーへの5千万ドルの信用限度額の凍結解除
・アルゼンティン海軍の口座からペルーの担当者への賄賂の振り込み
・1人2万ドルで、チーム内の選手を3人買収
 等々です。要するに政府単位で交渉してるわけです。試合運営上にもその他諸々の便宜が加えられて、結局アルゼンティンは6点(!)を取り、めでたく予選通過を決めました。
 また86年のメキシコ大会でも意図的な誤審がなされました。
 決勝リーグでアルゼンティンとイングランドの試合がありましたが、開催地がメキシコであったために、南米のアルゼンティンを勝たすためのレフェリングがなされました。
 マラドーナのあの有名な「手のゴール」です。ヘディングをしたふりをして、手でボールをゴールに押し込み、得点を認めさせたのです。一般には誤審とされていますが、著者は、これを、アルゼンティンを勝たすための「意図的な誤審」とみなしています(ちなみに著者はイギリス人) (p.266)。
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 さすがに最近ではこんな露骨な不正は行われていないだろう、と思われるかもしれません。
 しかし著者は前回98年フランス大会でも開催国寄りの許しがたい不正がなされていた、と推測しています。
 しかも決勝戦のフランス・ブラジル戦を舞台としたものです。
 覚えてる方もまだ多いと思います、
 ブラジルのスター選手、ロナウドの名前を。
 このロナウドの決勝戦での体調はどうだったでしょうか?
 ふらふらでほとんどプレイできる状態ではなかったことを覚えておられないでしょうか?
 これを著者は FIFA 側の巧みな工作の結果だと「推定」しています。
 買収の直接の相手は、なんとブラジル代表のチーム・ドクター。
 当時ロナウドはナイキとの契約の結果
 「医者が健康と判断した場合、試合に90分間出場していなければならない」
 という義務を負っていたと、あくまで予想ですが、みられています(契約の内容は公表されていない)(p.451)。
 さて、ブラジル代表のチーム・ドクターは、決勝戦前から、体調回復のためと称して、実に様々な薬物をロナウドに注射していました。これは実はロナウドの体調回復をねらったものではなく、逆にロナウドの体調を崩すことを狙ってなされたものだったのです。一つ一つはもちろん有効な薬物なのですが、それらが複合されると体調を壊すことが、後に明らかとなった薬物が注射されたのです (p.450)。
 この結果、決勝戦を直前にしてロナウドの体調はとても試合をこなせる状態ではなくなってしまいます。
 ところがこのチーム・ドクターは、ふらふらになったロナウドの健康状態を診察し、その結果を「特に問題ない」と発表します。あくまで「精神的なものだろう」というわけです(p.453)。
 ナイキとの契約があるため、医者のお墨付きが出ている以上、ロナウドは、決勝戦に出場せざるえなくなります。彼の出場を巡ってチームは真っ二つに割れてしまいますが、アベランジェ氏の一の子分にあたるブラジルサッカー協会の会長が出場を強硬に主張して(p.452-453)、ロナウドは決勝のグランドに立ちます。結果はご存じの通り、フランスの勝利。
 こういった悪行は本書に紹介されているアベランジェ前会長の行動のほんの一部に過ぎません。
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 ここでちょっと話題を変えます。
 なぜ日本がワールドカップ開催国に選ばれたのか、考えたことありますか?
 それまでは、ヨーロッパと中南米の国で交互にワールドカップを開催するのが FIFA の慣例でした(合衆国は例外)。
 それが、極東の国で、共同開催、しかも日本はサッカー人気がさっぱり無かった国で、アメリカほどの政治力もありません。
 異例づくめである、と言えます。
 何か特別な理由があるはずです。
 残念ながら同書にその理由は明示されていませんが、同書中の情報から幾つかの推定は可能です。
 その情報ですが、
・厳しく非難されているアベランジェ会長は、強く「日本の単独開催」に固執していた(p.336)。
・さて「ISL」という国際的な企業があります。この会社は、1982 年以降、ワールドカップ、および、あらゆるスポーツの「マーケッティングとメディアの権利」を完全に支配してきた会社です。詳細は省きますが、この「ISL」は事実上アベランジェ氏の財布に近い存在でした(ex. p.228-229)。
 驚くべきことに、この「 ISL」社の株式の49%が、日本の電通に所有されているのです (p.188)。
 こういったものが参考となります。
 すると、日本の単独開催が決定すれば、アベランジェ氏 に多大な利益が、おそらく電通も何らかの形で関係して、流れ込む仕組みであった可能性は高いように思います。そしてこの事情が、日本での開催の理由と無関係であると判断するのは、ナイーブすぎるといえるでしょう。
 あまり評判のよろしくないアベランジェ氏の強い支持を受けて、ワールドカップ日本開催が実現されたことは確かなようですから、その舞台裏には美しくない交渉が存在していた可能性が高いと思います。それがあまりにも美しくないことが、共同開催となった大きな理由の一つとなったのでしょう。
 日本が大会会場に選ばれた理由は、誰にでも胸を張って自慢できるようなものでは、ないようです。
 ちなみに降って沸いたように日本でサッカーのプロ化が決まり、その J リーグが急速に人気を獲得していったことも、日本でのワールドカップ誘致、開催、と無関係ではないでしょう。
 こんなやりとりが想像できます。
 日本には金がある。しかしサッカーの人気はいま一つ。思いきって日本でワールドカップを開き、日本でサッカー人気を盛り上げれば、日本は FIFA にとって巨大なおいしい市場にばける可能性が高い。
 しかしサッカー人気の低い日本での、ワールドカップ開催を他の国に納得させることは困難。
 そのために日本にプロリーグを作り、サッカー人気を盛り上げ、大会誘致に説得力を持たせよう。野球の巨人みたいな人気チームと、野球の長嶋みたいなスター選手をメディアの協力で作り上げれば(J リーグ開催前からテレビでは「王者ベルディー」。そのチームを勝たせるための審判の度重なる不正ジャッジにジーコはカンカンでした)、より一層、効果的だろう。
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 さて、こういった事情を前提にして、今回の大会を捉え直す必要があります。
 現在の会長はアベランジェ氏ではなくブラッター氏ですが、このブラッター氏はアベランジェ氏の精神的な(?)後継者といえる人物ですから、運営方針が大きく変わることはないでしょう。
 そこから何が言えるのか。
 アベランジェ時代の開催国は、ほぼ全て不正なサポートを大きく受けています。
 日本も今回、FIFAから不正な援助を受ける可能性が高い、ということです。
 特に日本の予選突破の大きな鍵を握るとされるベルギー戦のジャッジには大注目です。
 日本選手からの反則は見逃されるのか?
 ベルギー選手は簡単にファウルを取られるのか?
 ベルギーディフェンスの仕掛けたオフサイドが見逃されたりはしないか?
 それどころか、もしかしたら日本は恒例の開催地特権をすでに活用しているのかもしれません。
 今大会での試合相手抽選の前日、中国の政治家が「中国は韓国で予選を戦うことになる」と発言したそうです。実際その通りになりました。抽選会など茶番だったのです。過去にも抽選会の茶番が露骨にばれた事件がありました。
 そして今大会では、参加国中、実力が最も低い国の一つとされる、我が愛するチュニジアとの対戦が日本に与えられたのです。前回も同じようにジャマイカとの対戦が組まれました。またチュニジア、ベルギーの情報はフランス語で取得可能です。フランス人監督には願ってもない話です。すべてを偶然で片づけることは無理でしょう。
 中東好きの私から見ると、またしてもチュニジアという中東の国が、世界で大きな支配力を握っている国々から屈辱を与えられた、というように写ってしまいます。
 中東を苦しめた列強の悪行を日頃忌々しく思っている自分の母国が、たとえ、ささやかな形であれ、その仲間入りを果たしている光景は、極めて不愉快です。
 ソルトレーク・オリンピックでは明らかに不正なメダルを手にしたアメリカ人選手が何人もおり、世界中を不機嫌にさせました。
 今度はめでたく我が日本が世界を不機嫌にさせる特権を得ているわけです。
 確かに、プロ・スポーツに公正や正義を期待するのは、ナイーブ過ぎる、とも言えます。
 しかしオリンピックで合衆国に腹を立てたのであれば、我々は自国の不正な勝利を拒否するべきでしょう。何より選手にとっても、失礼な話です。
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『盗まれたワールドカップ』
デヴィッド・ヤロップ著
二宮清純 監修 小林 令子 訳
アーティストハウス 1999(初版第2刷)定価 1800 円(税抜き)
ISBN 4-901142-07-0
How They Stole The Game
David Yallop(写真:右)
Poetic Products Ltd. 1998
この文章、どこかのサイトから拾ってきた文章をコピペしてるだけなんですが、元URLを控えておくのを忘れていまして、文責者を提示できません。申し訳ないです。
それはともかく、本大会において日本が格別の有利を蒙るという事はありませんでした(ていうかむしろ不利を蒙りました)。しかし韓国が破格の有利を蒙った今、筆者(ヤロップ氏)のこの観察は当たらずと雖も遠からずなのでしょう。