京都ずいひつ 

       
         
     
         


その1  かくまう街
京都新聞で新しく始まった連載小説は、
「町衆の城」というタイトルだそうだ。

江戸時代初期、京都の西北・鷹ヶ峰の地に
芸術村という場所があり、桃山文化を
維持し、本阿弥光悦を領袖として
なかば独立国のような存在だったという。
江戸幕府にとっては煙たい存在で、
両者の対立を描いた小説とのこと。

そんな時代があったということを知らなかった。
幕末の京都が多くの尊皇攘夷の志士たちを抱え、
幕府と鋭く対立していたというのは有名な話だが、
京都にはそんな反体制の伝統があるということか。
志士たちの活動を密かに支える町人も多かったらしい。

現代ではどうか。
京都は革新勢力の拠点として有名であり、
大学では今日もトラメガ持って
叫んでる学生がいる。
オウム真理教の信者も大勢京都に
流れ込んできているという噂を聞く。
オウムに対してはどうかわからないが、
京都の大学は学生の政治活動に対して
比較的寛容であるように思える。

京都という街が反体制の人々をかくまうという精神風土を
持ち合わせているとしたら、その理由は何だろう。
古い歴史を背負っているという自負が
現行の体制や流行に流されない気質を形作ったのだろうか。

他にこのような特性を持った街はないだろうかと考えて、
ひとつ思いついた。
パリ。

多くの革命家をかくまってきた街だ。
ホメイニもホーチミンも、パリで自らの革命構想を練った。

パリもまた古い都市であり、
その住民は自らの歴史に誇りを
持っている。自分に自信があるから、
周囲の状況に流されない。
現代という時代を冷めた眼で見られる。

京都やパリの人が反体制勢力を応援したり、
寛容であったりするのは、長い歴史が
生み出した貴重な特性だと思う。
時に革命や社会改革が多くの人に
幸せをもたらしたことを思えば、
「かくまう街」はこれからも
残って欲しいものである。

           (98/12/3)
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その2  川の両側
鴨川沿いを自転車で走るのは、
京都に住む者の特権である。
気が滅入った時や腹が立つ時、
僕はよく自転車で鴨川沿いを
サイクリングする。
不思議と元気が出てきたり、
気分がおさまったりするものである。

さて、ニ条から七条にかけての
川沿いには、ずっと柳が
植えられている。
柳というのは面白い木で、
幽霊が出てくるかと思えば
歓楽街の象徴であったりもする。

鴨川沿いというのは新橋・祇園・
宮川町と、古くから歓楽街が
続いているあたりであるから
柳が植えられているのも当然といえば
当然であるが、僕はこの柳並木には
もう少し意味がある気がするのだ。

歓楽街と幽霊。その共通点は
何であろうか。それは、どちらも
非日常であるということである。

歓楽街で人は日常の生活を忘れて
楽しむ。幽霊は日常の常識に
反するから恐ろしい。

昔の京都の人にとって、
河原と川の東側は
日常を忘れて遊ぶ場所であった。
歌舞伎が四条河原で始まったのは
有名である。

平安京建設時、洛中といえば
鴨川の西側だけであり、川の東側は
洛外、すなわち原野であった。
火葬場や刑場として使われて
いたともいう。

中世に入ると川の東側に芝居小屋
などが立ち並び、人々が遊びに
訪れるようになった。

火葬場、刑場、芝居、歓楽街。
昔の人にとって、これらは
共通の領域に属する存在であった。

昔の人の世界観では、死と性は
非常に近い存在である。
死も性も共に、世代交代を
意味するからである。

遊びや酔いも、これらと関連づけて
考えられた。歓楽街が川の
向こう側にあることが、昔の人に
とっては自然であり当然であったのだ。

インドのベナレスという街では、
川の片側には大勢の人が
生活しているが、反対側には
誰も住んでいない。これは、
川の向こう側を死者の土地と
考えているためだという。

おそらくインドの人々と我々は、
古代において共通する世界観を
持っていたのであろう。

川のこちら側が継続性を
表すとすれば、川のあちら側は
変化や転換を表す。

川の西側が継続的な生による
生産活動の場であったとするなら、
川の東側は生と死の交代による
ダイナミックな生産活動の場であった。

昔の人のコスモロジーでは、
川は日常と非日常を分ける境界線であり、
死、性、酔、刑、芸能などは
非日常の領域に属する出来事であった。
そして両者の境では川が流れると同時に
柳が植えられ、境界が示されたのである。

古代の人は、自分たちと
違う性質を持つ川の向こう側を
卑しい土地と考えた。
ひとたび川が洪水すれば
水はどちらかに溢れなければ
ならないのだから、川のこちら側で
団結を守ることは実際上の意味もあった。

しかし現代では
そう考えることのメリットは
あまり無いように思える。

多数派である「継続」側の人間に
対して言えば、生も死も、
我々が生きていく上で
欠かせない要素ではないのか。
死を卑しいと考える人も、
やがては死んでいく。

満たされない性欲は人を苛立たせるが、
性的表現が人間の文化を豊かに
してきたことは否定できない。
男性・女性という概念を取り除いて
人間の文化を考えたら、
なんと貧弱になってしまうことか。

酔いは人を狂わせるが、
人生もまた泡沫の夢、
ひとつの酔いではないのか。
狂った自分と狂っていない自分、
どちらが本当の自分なのか。

死や性や酔いを、自分の大切な
一部分と考えた方が
幸せに生きられるのではないか。

そんなことを考えながら、
僕は今日も鴨川沿いを自転車で走る。
           (98/12/3)
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