自宅で手軽に作れる
ワイン造り体験記
2000年12月12日
 

友達の一人が山梨の農家の出身で、もう一人が滋賀の造り酒屋の出身だったため、その二人と一緒にワインを造ることになった。

造り酒屋を実家に持つ友人Nいわく、「葡萄とイーストと砂糖に、糖度計と瓶があれば、ワインは造れる」。半信半疑のまま、葡萄以外の材料を買い揃える。砂糖とイーストは近所のスーパーで買った。瓶のかわりに、2リットルのペットボトルを用意する。糖度計を手に入れるのが一番大変そうだったが、たまたま農学部で日本酒とかを作ってる友人Kがいたので、借りた。「ワイン?。いいなぁ。」とK。

11月。友人F宅に、実家から6キロの葡萄が届いたとの報せ。さっそく、造り酒屋出身の友人Nと、F宅を訪れる。

冷蔵庫の中には、溢れるばかりの葡萄が入っていた。なぜか巨峰。巨峰ばかり作ってる農家だそうで。本当にこれでワインが作れるのだろうか?。疑問に思いつつも、Nが持参した、「趣味の酒つくり*1」なる本を開く。漏斗や瓶などの用具を除けば、たしかに葡萄と砂糖とイーストだけで作れそうだ。

葡萄にも糖分があるはずなのに、なぜ追加で砂糖が必要か。それはイーストが好む糖度というのがあって、葡萄だけでは足りないからだそうだ。そしてジャムが腐らないのと同じ理屈で、糖度を高めることによって、イースト以外の菌の繁殖を防げる。また、イーストは空気のある所では砂糖を水と二酸化炭素に分解するのだが、空気が無い場合、アルコールに分解する。パンも酒もイーストの働きで作られるが、空気に触れさせるか触れさせないかの違いだという。

我々はまず、葡萄の皮を剥く作業から始める。バカ話をしながら、えんえんと皮を剥き続ける。だるい。話がどんバカな方向に行く。それでも葡萄をひたすらむく。ある程度剥いた所で、中身を手ぬぐいでくるみ、液だけを搾り出す。だが、悲しいほどに僅かしか液が出ない。葡萄のほとんどは手ぬぐいの中で滓として残ってしまう。たくさんの果汁を搾り出そうと思うと、それだけ時間がかかる。おまけに滓の繊維が手ぬぐいにこべりつき、洗うのにも苦労する。

何度か搾り出しを繰り返した後、コップ1杯ほどのワイン原液を得た。それを漏斗でペットボトルに移す。そして、「これがワイン!?」と言って、みんなで爆笑。向こう側がまったく見えないほど、濁っている。茶色である。泥水みたいである。

「空気に触れさせすぎたせいで、酸化したんだと思う」とNが注釈を加える。発酵させたら戻るの?という問いに対しては、Nは首をかしげるばかり。

数十分かけて搾った果汁は、ペットボトルの中では驚くほど量が少なく感じられる。満杯になるのは、いつのことやら。しかし我々は作業を再開した。

一時間後。「無理だよこれ。ミキサー使おうよ」と、Fが言い出す。ミキサーでワインを作るなんて、聞いたことが無い。Fの考えでは、皮を剥いた葡萄をミキサーにかけることで、繊維がバラバラになり、果汁を搾り出し易くなる、とのこと。

「とりあえずペットボトル1本だけ、完全な手作業で作ってみて、2本目からミキサーを使おう」という折衷案が出され、もうしばらく手作業を続ける。

やがて、手ぬぐいのかわりにキッチンペーパーを使う方法が編み出された。これによって、繊維が手ぬぐいにこべりついて果汁が流れなくなるという問題は解決された。また、滓を冷凍庫で固めてシャーベットにしようという意見が出る。実際、手ぬぐいにこびりついた滓はまるでジャムのようだが、さすがにそのままでは食べる気がしないので、皿にとり、冷凍庫に入れる。これ以降、キッチンペーパーにこびりついた滓は随時冷凍庫に移されることになった。

同時並行で、イーストの予備発酵を行なう。パックに入っているイーストはただの白い粉で、とてもじゃないが生き物には見えない。しかし、プーンと漂う「ぬかみそ」の匂いは強烈。お湯に入れると、ぬかみそっぽい匂いはさらに強くなる。おまけにぶくぶくと泡を出し、表面にビールのような泡の層が出来た。ムースが出来そうなくらいである。

「これ、一発芸に使えるかも知れないな。」
「たいして面白くないけど。『酵母飲みます!』『イッキ、イッキ』とか言って。」

ちょっと飲んでみたが、匂いがきついだけで、味はそれほどしない。Fは飲むのを嫌がったが、ワインには酵母が混ざってるわけだから、結局同じでは、という気もした。

ペットボトルの中に、酵母が流し込まれた。そして、蓋を閉める。ボトル1が完成。

次は、Fの提案に従い、ミキサーを動員。今まで頑張っていたのは何だったんだと思えるほど、作業が楽になる。それか、慣れてきたというのもあるかも知れない。Fがミキサーにかけ、僕が搾り、Nは予備発酵に没頭する。流れ作業で効率よく進める。かくしてボトル2も完成。

やがて、「皮を剥くのも面倒。これやってたら日が暮れる」ということになり、葡萄をそのままミキサーにかけてしまった。これだと一瞬で出来あがる。ボトル3が完成。

かくして、3種類のワインが出来たことになる。ひとつは、皮を丁寧に剥いて手作業で搾った真性の白ワイン。ひとつは、ミキサーで繊維を分解して強引に作ったワイン。最後は、皮を剥かずにミキサーにかけた、一種の赤ワイン。

NとFが遠慮したので、ペットボトルは僕の家に置かれることになった。帰り道、心なしか、ボトルが脹らんできたようにも思われる。破裂しないことを祈りながら道を急ぐ。

家に帰ってから、ペットボトルの蓋に穴をふたつ空けた。空気抜きである。破裂は怖い。家で日本酒を作っている友人Kは、かつて発酵の力でペットボトルを暴発させたことがあるらしい。「起きたら布団がびしょびしょになっていた」とK。僕はペットボトルを台所に置く。

翌日、近所のホームショップでホースを買ってくる。本に書かれていたのだが、発酵中の果汁を空気に触れさせないため、キャップの先にホースをつけ、水の中に指し込む。発酵によって生じたガスは泡として放出される。こうすると、ペットボトルの空気部分が二酸化炭素で占められるため、嫌気発酵が行なわれてアルコールが作られ、その上ワインが酸化することも防げる。

蓋の代わりに「ペットボトルがじょうろになる!」というアイデア商品をボトルの頭に被せ、ホースとつないだ。逆流を防ぐため、ホースを3回ほどねじってからコップの中に入れる。これで出来あがり。後は待つのみである。


数日後。ペットボトルを覗き込んだ僕は、驚くべきことに気付いた。ホースの先から、3秒に1回の間隔で、ぷく、ぷくと、泡が出ているのだ。発酵が行なわれているのだから当然と言えば当然だが、これほどの頻度で泡が出るとは予想していなかった。酵母が呼吸している!。これほど活発に「生きている」とは思わなかった。ペットボトルの中に生きる数百万の酵母の世界。世界が急に広くなった気がした。僕の見えないところでも、世界が広がっている!。

夜、布団の中で耳をすませば、発酵の音が聞こえてくる。僕は一人じゃない。酵母たちがそばにいる。そして僕は眠りにつく。

不思議なことに、発酵が進むにつれ、液体はみるみるうちに透明になっていった。

十日後。滓引き(おりびき)という作業を行った。

発酵によって砂糖が分解されるにつれ、酵母の数が減り、その死骸がペットボトルの底に沈殿する。海老茶色の、砂のような層が出来る。これをボトルの中に残し、液体の部分だけを別の容器に移す。これを繰り返すことで、ワインの中の不純物を減らしていく。

この作業というのが、なかなかワイルドだった。ホースを口に含んで吸い、液体が充分な高さに上がったところで、口から出したホースを別の瓶の口に差し込む。後はサイフォンの原理で液体が瓶に流れ込む。全液体が僕のくわえたホースを通るわけで、なんだかとても汚く感じられる。液体がすべて僕の口の中を通っていったような。この場面を友人に見せたら、出来あがったワインを飲むのを嫌がりそうだ。

この機会に、液体をひとくちだけ飲んでみる。そして驚いた。本当にワインである。酒になってる。本に書かれていた通りだが、びっくりした。糖度計を貸してくれたKが、発酵の実験の醍醐味について語っていた言葉を思い出した。「こうやって、こうした手順を踏んだら出来あがると本に書いてあっても、実際にやってみると感動する。体験の重みというか」。まさにその通りだ。

滓引きの手伝いに来てもらった友人Sも、「本物みたい」とコメント。っていうか、本物。市販のワインよりも本物。葡萄と砂糖とイーストしか入れてない。変なものは混ざってない。自宅でこんな簡単にワインが出来てしまうなんて。

不思議だったのは、すべて手作業で作ったボトル1より、ミキサーで繊維を分解したボトル2の方が、どう考えてもうまい。くやしいが、ミキサーの勝利である。

糖度計をKに返しに行く際、出来あがったばかりのワインを持っていった。ひとくち飲んで、
「ちょっと水っぽいけど、ワインだ」とコメント。
「まだ十日しか経っていないから、変な味かも」と言った僕に対して、
「これで充分だよ」とK。
「だけど、本には3ヶ月待てと書いてある」
「それはとてもこだわってる人の作り方でしょ。僕らが飲むのなら、十日で充分」

たしかに、我々が参考にした「趣味の酒つくり」はびっくりする程に酒作りにこだわった本だ。ブドウの品種について、えんえんと16ページにも渡って書かれている。「巨峰で作れる」なんて、ひとことも書いてない。だから、僕らみたいな素人には、3ヶ月待っても味の違いなど分からないかも知れない。

「あと、砂糖をがんがん入れるといい。素人は甘いものをおいしいと感じるからね。それか、密閉して発酵させて、炭酸にしてもおいしい。シャンパンになる」とKが教えてくれた。

そんなわけで、若干の砂糖を加えて密閉されたボトルが今も部屋で発酵を続けている。砂糖の量によって二酸化炭素の量も決まるので、これくらいなら破裂は無いだろうというレベル。本当にシャンパンが出来るのか。新たなる挑戦である。

ペットボトルの中には、数百万の酵母の世界がある。そしてそれがいつの日か、僕らの喉をうるおす。酒を飲む時、ふたつの世界がつながる。今までそんな風に考えたりすることは無かったが、食べたり飲んだりすることは、ふたつのまったく異なる生を繋げることだ。農家でも無ければ、自分の生が他の生の上に成り立っていることを実感できない時代になってしまった。発酵は僕に、生命の連環の感覚を取り戻させてくれたようにも思う。

【補注】

*1 趣味の酒つくり : 笹野好太郎「趣味の酒つくり ドブロクをつくろう実際編」農村漁村文化協会、1982年