「現代コリア」(1・2月号)
西村幸祐
「日本代表でプレーするのはこのW杯が最後だと、中田英寿が周囲に伝えた。決意は固い。国の名誉という鎧を着せられた国対抗の代表戦は、チームのために働くことが優先される。プレーを楽しむことより勝負に執着するサッカーを終わりにし、自分を表現する場を探したい。振る舞いには、最後にかける覚悟がにじむ」(六月五日朝日新聞東京本社十四版)
この記事は署名原稿であり面識のある記者が書いたものだが、私は呆然としてしまった。サッカーを知悉した人間が書いたものとはとても信じられなかったからだ。主旨は代表戦は国の名誉をかけて戦う、しかし中田はそういう試合より楽しい試合をしたいので、もうこれで最後だというものだ。サッカーを全く知らない読者には説得力(?)があったかも知れない論理だ。ところが、少しでもサッカーを知っていれば、中田が所属するイタリアリーグ、セリエAは徹底した守備重視の戦術を採り、個人の自由など、よほどトルシエ日本の戦術の方にあったと言うことも可能だ。特に中田が所属するパルマの戦術は極めて「勝負に執着するサッカー」であり、「プレーを楽しむサッカー」とは懸け離れたものだ。
しかし、問題なのはこの記事が代表の戦意に水を差すもの、と当時サポーターから総スカンを喰った事以上に、「国の名誉という鎧を着せられた」試合は「チームのために働くことが優先され」た「プレーを楽し」む事ができない試合であり、「自分を表現する場」ではないと中田が言ったと朝日新聞が事実を捏造したことだ。
「正直言って、社内でも色々な見方をする人がいました。少なくとも私は、あの記事のようには思わなかった」と、ある記者は打ち明けてくれたが、朝日新聞が「国の名誉」を悪と規定し、その「ために働くことが優先され」る試合は「自分を表現する場」ではないと中田に言わせたかったというのは事実である。多数の抗議が朝日新聞に寄せられ、中田英寿本人も記者会見で「事実無根」と抗議したが、朝日新聞はそれらの声を黙殺した。
朝日新聞はその一カ月後の八月二日にW杯報道を振り返る編集委員とスポーツ部長による座談会を掲載したが、中田引退記事≠ノ関しては自画自賛するばかりで、W杯を通してメディアへの不信感が一気に高まったサッカーファンをさらに挑発してしまった。
しかも、この話は落ちが付く。トルシエ退任後日本代表監督に就任したジーコ監督から十月七日に中田が代表メンバーに招集されることが発表されると、翌八日、朝日新聞は山田雄一東京スポーツ部長の異例の「お詫び」記事を掲載した。しかし、その内容は通常の謝罪訂正記事ではなく、文章の主語が不明確な韜晦とも言える内容だった。それでも必死に理解に努めると、あくまでも朝日の報道が正しかったという主張だった。そもそも六月五日に記事を掲載し、直ちに中田本人が「その記事がいったいどこから出たのかわからない。憶測で書くのも多い。今回このW杯期間中に選手、スタッフそしてファンの人達と一生懸命やっているのに残念です」と発言したにも拘わらず、四カ月経ってからの「お詫び」では全く意味がなかった。しかも、朝日新聞は念を入れて十月二十日には二十八面のシンポジウムで今度は秋山編集局長が「お詫び」記事までを擁護した。
結局、朝日新聞は捏造された事実をベースに「国の名誉という鎧を着せられた国対抗の代表戦は」楽しくないサッカーであり、「自分を表現する場」ではないというメッセージを伝えるために、試合翌日の第一面で報道を装ったプロパガンダを行ったということなのだ。
中田引退報道で多くの抗議がメールや投書で寄せられたと朝日新聞は書いている。だが、それは、W杯の一カ月を通して多くの読者がメディアを読み解く力を蓄え、日本に於けるメディアリテラシーの新しい波が急速に広まった結果に他ならない。W杯報道が契機となり、<受け手>の新しい論理と手法が誕生したことを美事に物語っている。朝日新聞の二カ月に及ぶ「お詫び」の姿勢が何よりもその証左となっているのは、何というアイロニーであろうか。テレビ視聴者数がオリンピックを遥かに上回る延べ四百億人というデータが示すように、スポーツイベントの頂点であるW杯はそれだけ膨大な情報を発信する。サッカーファンにとっては四年に一度のW杯だからこそ、情報の質が大きな意味を持っていた。にも拘わらず、情報の質を劣化させた朝日新聞を頂点とする様々なメディアが、サッカーファン=読者=<受け手>の信頼を一気に失ってしまったのだ。その最も大きな原因は、情報の<送り手>であるメディアと<受け手>である視聴者、読者が、従来の情報の流れと異なった関係を築きつつあったからだ。つまり、<送り手>による川上から川下への一方的な<受け手>へ
の情報の垂れ流しではなく、<受け手>も<送り手>同じサイドに立つことができたからだった。
これは革命的な出来事だった。試合の観戦者がインターネットをツールにしてパーソナルメディアとして<送り手>に変換を遂げたのだ。<受け手>であると同時に<送り手>である存在。従来の<受け手>が情報を発信し、さらにその情報が反響し、増幅され、一般メディアの情報と異なった情報を多くのサッカーファンが共有できるようになり、さらにメーリングリストの普及やBBSと呼ばれる掲示板が多くのアクセスを集め、W杯の1カ月で情報の共有化がサッカーファンの間で加速度的に進行していった。「2ちゃんねる」やYAHOO掲示板、サッカーサイトの様々な掲示板にアクセスすることで、彼らは世代を越えて<受け手>=<送り手>の位相でメディアとして機能することが可能となり、一般メディアの情報をネット上で比較しながら評価、検証することが可能になった。それが従来のメディアを比較しながら読み解く力となったのだ。
前述した抗議サイトを作ったTNにこのようなメールが届いていた。
「2ちゃんねるでこのHPを知りました。50代のおじさんです。韓国に特別の縁も感情もないというのが正直な気持ち。(略)今回のW杯には色々怪し気な気配があると感じています。(略)最初に気が付いたのは、あたかも一緒に盛り上がっているかのような報道からでした。それは絶対ウソだ。私のまわりで共催を喜んでいる同世代はひとりもいませんよ。(略)問題は歪んだ情報で我々を洗脳しようとしたマスコミです。」
(中略)
日本がトルコに敗退した瞬間、韓国対イタリア戦のスタジアムに詰めかけていた韓国サポーターは歓喜の声をあげていたが、この事実を報じるメディアは皆無だった。W杯で素朴なナショナリズムに目覚めた多くのサッカーファンにとって、韓国が日本海の名称を東海に変えようする動きや、不法占拠している日本領土の竹島を国立公園に制定するという発表も、日韓の距離をさらに遠ざける要因となった。また、日朝平壌宣言を巡る報道から北朝鮮の拉致事件と核開発が明らかになり、特に拉致事件を隠蔽してきたメディアの存在により、メディア自体が疑惑の眼を向けられる対象にしかならなくなったのだ。 これは、W杯報道から北朝鮮報道までの半年の過程で、メディアをどう読むか、どう峻別するか、どう対峙するかという意識を<受け手>が持つ事によって、日本人にメディアリテラシーの手法が定着してきたという事だ。W杯と北朝鮮問題は、多くの日本人の心に訴え掛ける力があった素材だったからこそ、それを伝えるメディアの力量が<受け手>にとって切実に問われ出した。W杯と北朝鮮問題は、素朴なナショナリズムという同質性を核として、メディアそのものを両方向から鋭
く刺した刃になったのだ。
(中略)
結局、W杯で「韓国を応援しよう」とメディアが叫べば叫ぶほど<受け手>がそうでなくなったように、北朝鮮問題で「在日の人への理解を深めよう」と言えば言うほど、<受け手>はそのメッセージに反感を抱くことになった。理由は単純で情報の内容が精査されていないからなのだ。誤った歴史認識が報道のベースにあるので信憑性が疑われ、仮に<送り手>が意識していなかったとしても、結果的にプロパガンダになってしまう。
二〇〇二年の終戦記念日、靖国神社に集団参拝する若者たちの姿があった。その数は百七十人を越えていた。「前日は何人来るか不安だったけれど本当に嬉しかった」と振り返るのは「2ちゃんねる」で靖国参拝のスレッドを見つけ、そこで積極的に呼びかけを行った二十四歳の女性、ボアマロだ。彼女たちは誰の力も借りずに議員会館へ赴き賛同してくれる政治家に趣旨を説明した。集団参拝の申し込みも彼女たちだけで行った。これもW杯の韓国応援イベントでドイツを応援し、テレビ局のイベントに先回りして海岸でゴミを拾った<受け手>たちの新しい発想の流れを汲んだものだ。「二〇〇一年の韓国の靖国参拝非難と教科書批判を見て何かをしなければと思っていた」と彼女は動機を明かしてくれたが、ネット上の意見交換はすでに<送り手>の想像できない次元で、<受け手>がメディアの情報を吟味しながらメディアが振り撒く守旧的イデオロギーから自由になった行動を生んでいる。メディアが情報を精査、検証せず、手垢にまみれた固定観念に囚われ、時代遅れの反日イデオロギーから自由になれなければ、「ニュースステーション」の久米宏や「ニュース23」の筑紫哲也の
ように、<受け手>の嘲笑の対象にしかならない現実がもうここにあるのだ。 |
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